望むなら、本当は。
「夢」
「ねぇ・・・リボーンて、夢ってあるの?」
マフィア間の重要な同盟を取り決めた次の日。
二日酔いのボスが、風変わりな事を言い出した。
ベッドまで歩く気力も無かったのか、グラスを空にした
ままソファーに沈み込んでいる。
「寝言は眼を瞑って言え」
「寝てないよ」
「寝不足だろ」
読みかけの新聞を閉じて、リボーンは言った。
「お前が訳の分からないことを言い出す時はだな」
寝不足か機嫌が悪いか――事態をよく飲み込めていないときか。
今回はその全てだろう。夢。そんな言葉、寝ている間に見る
以外久しぶりに聞いた――とリボーンは思った。ボスが言い出した
のも気まぐれだろう。酒が入ると饒舌になるのは知っていたが大概
要領を得ないのでまともに相手にしない。
話半分で答えるリボーンの脳裏を悟ったのか綱吉は、不服そうに
唇を尖らせた。眼はうつろ、舌もうまく回らない。遅く起きた朝に
しては顔色も悪い。ボスは低血圧だった。
「・・・俺だって、夢くらい見るよ。・・・見ていたよ」
君に、出会う前まではね、と彼は続けた。
「――どんな夢だ?」
うーん・・・と綱吉は背伸びをする。
「京子ちゃんと結婚して、適当に働くこと――かな」
「・・・そうか」
いかにも綱吉らしい答えだったが、リボーンは口元に
笑みを浮かべるだけだった。今更――そんな繰言を言われたとして。
「――それは、残念だったな」
今の彼の立ち位置は間逆だ。朝は書類に判子、昼からは政府要人と
懇談、夜は壁の影に隠れてドンパチ。気が休まる日など数えるほども無い。
有給休暇も、ボーナスも無い。あるのは血まみれのいばらの道だけだ。
「うん、そうだね」
俺を恨むか?とリボーンは言いかけた。愚問だと思った。逃げたいなら
いくらでも逃げ出せた――無論、命の保障は無かったが。
「・・・だから、リボーンに夢ってあったのかな・・と思って」
綱吉はどうしても、彼の望みが知りたいらしい。
リボーンは首を捻った。夢。考えたことも無い、描いたことも。
そんな言葉――存在すら認識してなかった。
生まれた頃から、宿命と契約に生かされていたのだ――最強の
ヒットマン、という称号が無ければ今頃、海の藻屑になっていたと
リボーンは思う。そしてそれは、これからも変わらない。
「・・・ねぇな」
「――そう」
「・・・何だ?」
「残念」
綱吉はそのまま寝息を立ててしまった。たたき起こそうかとも
思ったが――昨日の契約は値千金だった――そう思うとリボーンに
ささやかな仏心が生まれた。
――昼まで、寝かしておいてやってもいいか。
茶色のくせっ毛を撫でてやる。東洋人という外観も相まって
とても22歳には見えない――泣く子も黙るマフィアのボスにも。
――お前の「夢」は叶えてやれそうにはないけど・・・。
せめて――いい夢を見るんだな。
普段は見せない穏やかさを表情に浮かべてリボーンは綱吉の
頬に口付けた。寝ている間なら優しく出来るのは――照れ隠しだ。
――俺の、「夢」なんて・・・一生叶わなくていい。
お前が最高のボスになったら、俺は当然お役ご免だろう?
いつまでも――出来損ないでいてくれないと、な。
他の部下が聞いたら失笑しそうな台詞は胸の奥に留め、
ベッドルームから運んだタオルケットをボスにかける。
まだまだ世話の必要な半人前ボスは――よほどいい夢を見て
いるのであろう、むにゃむにゃと寝言を零す口元に
柔らかな笑みを浮かべていた。