最初は助けるつもりなんて無かったんだ。任務は迎撃、敵を
殲滅すればいい――そう思っていたけれど。

――Xバーナーは未完成。死ぬ気のゼロ地点突破も人体で
やってる。

 この、小さくて細い体のどこにそんな力が?
 そう思うと、研究者としての好奇心が疼いた。
 謎を、解いてみたいと思った。

――殺すには惜しいなぁ。

 キングモスカを越えるXグローブと死ぬ気の炎の力。
 証明したい――科学が、生まれ持った才能を越えられることを。

 気づいたらピストルを懐に仕舞いこんでいた。
 それから――ウチらの関係は始まった。




「対象X」




 名前も顔も知らなかった。ただ、待ち伏せする敵を迎え撃てばいいと
思っていた。
――沢田綱吉、14歳・・。
 検索したら名前も年齢も住所もすぐに見つかった。通っている学校の
名前さえ――驚くことに、過去から来たらしい。
――リングに時間操作機能が付いているのか。
 もしくは、過去の自分を仲間に呼んだのか――・・・
 憶測は尽きないけれど。
――データを取ろうにも、眼を覚まさないことにはなぁ。
 スパナはモスカの機体からパソコンを抜き取ると、先ほど
戦闘中に入手したデータを打ち込み始めた。彼が目覚めるのを待つ
時間さえ、惜しかった。
――まずは、死ぬ気の0地点突破からだ、それから死ぬ気の
炎と出力関係をグラフにして・・
 スパナがキーボードを撃ち始めたとき、背後から「いたた・・・」
と小さな声がした。

「・・・どこだ・・・ここ」
「眼を覚ましたようだね」

 データをセーブして振り向くと、先ほどの少年が頭を抱えて
立っていた。

「・・あれ?俺・・・どうして」
「・・・もしかして」

 死ぬ気の炎の衝撃で、一時的に記憶を失っているのだろうか
少年はスパナと壊れたモスカを交互に眺めて、やがて納得した
ように言った。

「・・・ありがとう、ございます」

 スパナは思わず、なめていた飴をそのまま飲み込みそうになった。

「助けて・・・くれたんですよね。俺・・・キングモスカを
落とそうとしたとこまでは覚えているんですけど」


 それから――全く記憶が無くて、と頭を掻く。
 通路を半分以上抉るような大爆発に巻き込まれたのだ――
記憶が混乱することも無理はない、と思った。

「うまくいったか不安だったんです。でもよかった・・・
無事に倒せたんですね」 「・・・」

 どう答えて良いのか分からず、スパナは戸惑った。
 今までこの機体に乗って、死闘を繰り広げていたのは自分だ、
と伝えたら逃げるだろうか――それは困る、と彼は思った。
データが取れなければ、自他共に最高傑作だと認めるキングモスカもバージョン
アップできない。
――死ぬ気の炎のエネルギーを完全に数値化できるまでは
ここにいて、研究に協力して貰わないと。
 スパナの脳裏からはボンゴレもミルフィオーレという
言葉も消えていた。

「痛いところ無い?」
「はい・・・大丈夫です」

 少年はふわり、と笑った。顔は爆発の衝撃ですすだらけ、服もあちこち
破れている。お世辞にも綺麗とは言えない状態なのに――スパナは見とれて
いた。言葉を失った自分にしばらく気が付かなかった。

「繋ぎでよければ貸すけど?」
「・・・いいんですか?」
「顔も洗ってきなよ、奥にトイレあるし」
「ありがとうございます」
「――その手袋・・・」
「Xグローブですか?」
「よければ直すよ、ウチ・・・技術屋だから」

 ありがとうございます、と少年はもう一度笑った。


その屈託の無い笑みを可愛い、とスパナは思ってしまった。
同姓のしかも敵対する存在に――そんな抽象的な感情を抱いたことは
無かったけれど。

――何か、調子狂うな。


 出会ってから――といっても小一時間も前だけれど――何かが
狂っている。狂い始めている。運命の歯車か、神のいたずらか。

――ただの、研究対象だ。


 その対象Xに数値化できない、説明できない感情を抱くように
なるのは彼が顔を洗って着替えてきてからのこと。

 教科書には書いてないが、恋はえてして、好奇心から始まるもの
なのである。



***



 顔を洗って戻ってきた少年は「ツナ」と名乗った。
「ウチはスパナ」
 ミルフィオーレの技術者、と言うべきか迷った。真実を告げれば
逃げられる――否、このラボさえも危ない。Xバーナーの最高出力は
想像以上だ。不安定とはいえ、あの爆発力に耐えられる機体はここには
存在しない。モスカも現存する機体はすべて壊されてしまった。
――モスカはいい。また作ればいいから。
 今欲しいのはこの少年の協力。それだけ。小一時間もあればグローブも、
Xバーナーの欠陥も解明できる。
――Xバーナーを完成させられるのはウチだけだ。
 技術者の勘がそう言い、スパナは従うことにした。マフィアの鉄則。
脅しと取引だ。

「・・・早速で悪いけど」
「え・・?」
 少年は大きな茶色の瞳をぱちくりとさせてスパナを眺める。自分を
自分の命の恩人と思っている男に、真実を告げなければならない。たとえ
彼を傷つけるつもりは微塵も無くても。
「人質になってもらうよ。このグローブとアンタの命」
 スパナはグローブを掲げ、反対の手で銃口を向けた。マフィアみたいだな、と
自分でも思った。悪くない。少年は動揺し、明らかに怯えている。
「それ・・・」
「大人しく此処に居れば何もしない。約束だ」
「・・・はい」
 少年は大人しく従った。抗う気力も、体力も無かったのだ。
Xバーナーは死ぬ気の炎だけでなく、操るものの体力も著しく削る。
ツナには抵抗する元気が無かった。その場でふらふらと、倒れこんだのだ。


「これを飲め」
 緑茶を持ってきたのはスパナだった。イタリアの日本料理店から
毎月仕入れている。知られてはいないが、ミルフィオーレには日本びい
きが多かった。ボスである白蘭を筆頭にだ。
「ありがとうございます」
 少年は嬉しそうに受け取り、一口飲んだ。甘かった。緑茶に砂糖が
入っている。
「・・・甘い」
 別の意味で苦々しそうな顔をするツナに、スパナは
「緑茶は美味しいけど、苦いのが欠点だ」
 と言った。
「ウチは、いつか甘い緑茶を作る」
――緑茶は元々苦いものなんだけどな・・・
 そう思ったがツナは口にしなかった。自分は囚われの身。
抗う術も、気力もない。ただ現状が知りたかった。獄寺君
や山本はどうなったのか・・・。


「貴方は・・・何者なんですか?」
「ん?」
 ツナの両腕の手錠がじゃらり、となった。人質になって十分後。
初めて彼から口を開いたのだ。スパナはパソコンから眼を離さなかった。
「俺を、殺そうと思えば殺せた・・・そうでしょう?」
 スパナは答えない。イエス、と言うのが面倒くさかった。
「俺を生かして、Xグローブを直してる・・・意図が分からない」
 確かに、理由を伝えなければ永遠の疑問だ。スパナは答えた。
「ウチは・・・元々町工場で働いてた。エンジニアだ。昔から

ロボットを作ってみたかった」
「・・・」
「工場が潰れて、借金が残った。マフィアにスカウトされたのは
その時だ。ただで銃を作らされた。何丁もだ」
 スパナの言葉に苦々しいものが混じる。人を殺す兵器を延々と作り
続ける毎日に嫌気がさした、と彼は続けた。
「ある日正一が現れてウチを、ミルフィオーレに誘った。ウチは
逃げた。あんな生活はもう、こりごりだ」
 借金を返し続ける生活――という意味だろうか。ツナは無言で
彼の一人語りを聞いた。
「ミルフィオーレはマフィアだったけど、ウチに自由に研究させて
くれた。だから・・・感謝してる」
 でも、とスパナは言う。
「アンタを助けたことと、ミルフィオーレは関係ない」
「じゃあ・・・なんで」
「今まででみた武器の中で、XグローブとXバーナーが一番
いかしてた」
 パソコンを眺めるスパナの眼が輝く。Xバーナーを安定させる
方法を見つけたのだ。放出と固定のベクトルを一定化させる。それだけで
理論上Xバーナーの威力は数十倍になる。
「ウチの手で、アンタの武器を最高の一品にしたい」

「・・・それが、ミルフィオーレに対する裏切りでも?」

 言葉の主は、ツナでは無かった。彼の発信機に付けられた
ホログラムが最強の赤ん坊を投射している。ツナの家庭教師、
リボーンだ。

「――リボーン!」
「ったく、こんなところで何油売ってんだ、馬鹿ツナ」
「・・・伝説のアルコバレーノ、リボーン」
――生きてたんだ・・・。
 空想の産物だったと思っていたリボーンを目の当たりにし
スパナは驚嘆の声を上げた。その向かいで少年は、ホログラムの
家庭教師に本気で怯えていた。
――面白い、師弟関係だな。

 最強の赤ん坊がボンゴレについている――その事実はスパナに
ミルフィオーレの劣勢を予感させた。目の前にいるボンゴレ十代目
は未知数――Xバーナーはウチが改良する――その背後にいるのが
リボーンならば、白蘭や正一と互角ではないか・・・真6弔花の

存在を知らないスパナはそう踏んだ。
――どちらにしても、もうウチには・・・。

 関係ないことだ、とスパナは思った。

 ボンゴレかミルフィオーレか、何て関係ない。興味がある
のは目の前にいる十代目だ。未知のパワーと可能性。Xバーナーの
精度と純度を上げたら――どれだけのエネルギーになるだろう?
おそらくこの基地が丸ごと――いや、この辺一体が吹っ飛ぶ。

 実験は慎重にしなければ、とスパナは思った。スパナは研究を
成功させたいだけであって、この世界を壊したいわけでも、征服

したいわけでもない。

「俺の見ていない間にのこのこ捕まりやがって」
「わーっ、撃たないで!お願い!」
 ぼろぼろになった弟子に銃口を向ける家庭教師に、スパナは
内心苦笑した。
――スパルタだな。
「み、みんなはどうなの?無事なの・・・かな?」
 声が震えていたのは、聞くことを躊躇ったからだろう。
自分でさえ、敵を大破したとは言え囚われの身――戦局は
予想以上に厳しいものだった。
「分からねぇな。お前の音声は拾えるが、後は生体データだけだ」
「そんな・・・」
「電波状況が悪いのか、やられちまってるのかさえ分からない」
「・・・」
 少年の顔色が青ざめていく。確認しようにも動けない、助けよう
にも――自分が寧ろ、救助を待っている。その不甲斐なさに肩が
震え、嗚咽が零れた。
「みんなに何かあったら・・・どうしよう」
「くだらねーこと考えるな」
「リボーン」
「お前もマフィアなら、敵の一人くらい懐柔しろ」
「かいじゅう?」
「目の前にいるだろ、技術者が」
「うん」
「うまく垂らしこんで、味方につけろ」
「えええ!?」

 漫才みたいな会話だな、とスパナは思った。現実を知らしめ
共有し、検討する――指針を与えるのは教師の本分だ。教え子を
見事に誘導している――生き残る方向へ。

「それじゃあウチは、たらしこまれるわけだ。アンタに」
「え、ちょっと待・・・リボーン」
「じゃあな」


 ホログラムは無情にも消えた。電話状況が悪いのは――恐らく
入江正一が基地を動かしていることに起因しているが――このラボ
でも変わらなかった。あちこちで戦闘が起きて、通信回路が分断されて
いると、スパナは思った。今なら、ボンゴレを匿っていることはばれない。

――時間の問題だ。

 スパナは身を翻した。Xバーナーを完成させる――それさえ済んだら
身の振り方は自分で考える。



***


 勝手な予想はしないことだ、みんな無事かもしれないんだから――
ツナは何度も言い聞かせていた。パソコンに向かうスパナの背中を見つめ
ながら。
――悪いひとじゃ、無いかもしれない・・・。
 これまでの話を総合すると、自分が戦っていたキングモスカを製造・・・
おそらく操縦していたのはこの男だ。ところがモスカを壊されたことに
は全く怒らず、喜々としてXバーナーの改良に取り掛かっている。
ツナとしては願ったり叶ったりなのだ。彼にもXバーナーの欠陥など
想像も出来なかったのだから。
 ツナにはもう、キングモスカと戦える自信が無かった。
――この人がもし、ミルフィオーレとしてもう一度モスカで
攻めてきたら・・・俺はモスカを壊せない・・・きっと。

 スパナはマフィアに属しているとはいえ、純然たる技術者だ。
その才能と技術はマフィアでも随一のものだろう――とツナは
直感した。だからこそ、複数のモスカを作るだけの財源と場所を
ミルフィオーレから与えられている。
――ボンゴレに来てくれたらいいのに・・。

 自分でも馬鹿なこと、とツナは思った。寝返れば裏切り者だ。
マフィアは裏切りには特に容赦がない。本人を含め家族――下手を
すれば友人や知人も――皆殺しだ。それを知りながら勧誘する勇気
はツナには無い。並大抵の覚悟では――逃れられない罪なのだ。

――Xバーナーが完成したら、この人はどうするんだろう・・・。

 話しかけても邪険にされるだけなので、ツナは黙ってスパナの
研究の完成を待った。両者に残された時間は少ない。もっと別の
場所で、違う出会い方をしていたらもしかしたら――仲良く慣れたかも

・・・なんて、懐柔されているのは自分だ、とツナは苦笑した。
いつの間にかこの男が、気になって仕方なくなっている。




***




Xバーナーのブレを矯正するコンタクトは二十分もしないうちに
完成した。
「じゃあ、これ、付けてみて」
「あの・・・手錠は」
「壊していい」
「・・・」
「どうした?」

 この手錠を壊したら――俺は人質じゃなくなる。ボンゴレの
十代目に戻る――そうしたら・・・。

 またこの人と、戦わなきゃいけない。  

 彼が、ミルフィオーレにいる限り、ずっと。

「――ありがとう、ございました」
「・・・」
「お茶も、美味しかったです。服も、貸してもらえたし・・・。
Xバーナーも直してくれて、本当に・・・」
「泣くな、ボンゴレ」
「泣いてません」

 どうして少年を抱きしめていたのか、スパナには見当が付かなかった。
物理や化学では証明できないものがある――大学では習わなかったな、と
思う。それが恋心とさえ気づかずに、別れの時間を迎えてしまった。

「結局たらしこまれたのはウチだったか・・・」
「・・え?」
 スパナの声はツナには届かなかった。彼はツナを離すと、その大きな
瞳に出来たばかりのコンタクトを入れた。光の加減で瞳が、金色に光った。
大空を統べるライオンのたてがみの色がよく、似合う。

「ブレはないか?」
「はい」


 ツナは手錠に拘束された両手に力を込めた。

「・・・ボンゴレ」

「はい?」
「ほんとにアンタ・・・殺すには惜しい」

 スパナの悔し紛れの台詞と共に錠は外れ、第二幕が始まる。

 二人はまだ、己の運命を知らなかった。