頭の上で轟いた一発の銃声。
分かっていたはずだ。
この男に残された答えは
――もはや、死しかないことを。
Who Killed Him?
イタリア全土にその名を知られたファミリー
ボンゴレの頭領の訃報は、たちまち闇業界を駆け抜けた。
いわゆる関係者の考えることは、後継者は誰かと
いうただ一点であり、その人物の人となりや考え方が
今後のボンゴレ・・イタリアマフィア全体を左右すると
思われた。
しかし渦中のボンゴレの新しいボス(ここでは10代目と
呼ぶ)の背後に、かねてから闇社会にその名を知れ渡らせてきた
あるヒットマンの存在が明らかになると、ボンゴレの将来を揶揄する
声はすぐに消えた。
ボンゴレの実権は、リボーンという10歳に満たない少年が
握っている――それは、誰の眼にも明らかだった。
「暗殺らしいって噂も流れてるっすね」
白い百合を束ねながら、獄寺が言う。
身内だけでひっそりと終えた告別式は正午過ぎに
終わった。愛煙家で知られた彼も、9代目に弔意を
表してか今日は一度もライターを出すことがなかった。
「マフィアの定石だろ。ほかって置け」
花束を片付けながら、リボーンは淡々と言った。
内情を知らない野次馬の言うことなど、いちいち
聞いていたらキリがない。流言蜚語など予想の範疇だ。
あれほど慕っていたボスを亡くしたにも関わらず
リボーンの表情には憐憫の片鱗も見られなかった。
ショックを隠しきれない獄寺は、彼こそが
真の意味で冷徹な――殺し屋の名に相応しい、と
思っていた。
「・・10代目は?」
伏し目がちに獄寺が尋ねると
「奥で横になっている・・よっぽどショックだったらしいな」
そうすか、と獄寺は頷いた。
10代目が遠く血の離れた彼の祖父――に
謁見した直後、急に9代目は体調を崩した。
搬送先の病院で彼が息を引き取ったのは、それから
約2時間後。ツナが日本を出発してほぼ翌日の
出来事だった。
「代替わりっていうのはどうしても
問題が起こる。浮つくなよ」
リボーンの低い声に、獄寺は「はい」と
短く返事をした。ボンゴレの主権が10代目に
移る――それは新たな抗争の始まりでもあった。
「何が何でも10代目を守ります」
迷いのない忠誠のことばに、リボーンは
表情には出さず微笑んだ。
「大丈夫か・・ツナ」
リボーンが扉を開けると、部屋の奥に
毛布に包まれた小さな塊があった。
それは小刻みに震えている。
――やれやれ・・
相当ショックだったのだな、という思いと
最初からこれでは先が思いやられるという
思いが交錯する。
「獄寺がココアをいれてくれたぞ」
冷める前に飲め、と湯気の沸き立つコップを
差し出すと、毛布の塊から出た細い手がそれを受け取った。
イタリアに来てから何も喉を通らなく
なったツナの腕は、どんどん痩せ細っている。
「せめて、顔を見せてくれないか?」
リボーンが懇願すると、ツナは頭から
かぶっていた毛布を下ろした。
ふっくらとした頬は痩せこけ、眼の下には
大きなクマが出来、青白い肌の上の血色の悪い唇が
ココアをすすっている。
――この分じゃ、10代目のお披露目は当分先だな。
獄寺に会わせるのも憚られるようなツナの姿に
リボーンはため息をこぼした。
今回の出来事は、想像以上にツナに精神的
ダメージを与えたようだった。
「なぁツナ・・銃が暴発するなんてよくある
話だ。あれは、事故だったんだよ」
出来る限り丁寧に、労うようにリボーンは
話しかけた。
イタリアについて早々に、ツナは次期ボンゴレ
首領候補として9代目に謁見した。
もともと心臓を患っており、老い先短いと
言われていた9代目に配慮しての・・いわば
相続会議、だった。
リボーンに連れられて、ツナは9代目の
寝室を訪れた。初めは二人きりで話をするよう
リボーンに勧められたのだ。
ツナが部屋に入ってから数分後、ばたばたと
暴れるような音と少年の短い悲鳴――空を裂くような
銃声がしてリボーンは部屋に飛び込んだ。
その眼に映ったのは――
涙と血に塗れたまま銃を携えた少年と・・
凶弾に倒れた初老の、血に染まった背中だった。
リボーンはすぐに救急車を呼んだが、時すでに遅し。
9代目は搬送先の病院で息絶えた。
体裁を考え死因は心不全とし、シャマルに死亡
診断書を書くよう依頼して、彼は本部に戻った。
他のマフィアに9代目の訃報を発表し
マスコミ対策も講じたリボーンの心配の種は
見る影もなく衰弱したツナ、にあった。
密室で何が起こったのか。
リボーンに想像は難くない。
しかし大切なのは真実ではなく、
今ツナがボンゴレのボスだという
事実である以上、ツナに根掘り葉掘り聞く気は
無かった。
――あれは、事故だったんだ。
そう自分を納得させた。ツナのためにもそれが
いいとリボーンは信じていた。
「・・暴発?」
かすかな違和感に、ツナはリボーンを
見た。ココアが喉をゆっくりと通り
少しずつ、視界が明瞭になっていく。
霞がかかったような現実の向こうの
身の毛もよだつような真実。
「・・どうして・・暴発だって分かったの?」
事故なら話は分かる、たしかにツナは銃を握り締めていた。
ツナが誤って銃を撃ったなら、銃身を握り締めていた
ことと現実は矛盾しない。
しかし、リボーンは「暴発」と言った。何のためらいも
なく。銃が暴発したなら、死んでいるのは銃を持って
いたツナであり、仮に9代目が銃を撃ったとしても
ツナ自身がその銃を持つことはあり得ない。
――暴発した銃は粉々になってしまっていたから。
リボーンは笑っていた。
何もかも見透かした笑み、だった。
「いいじゃないか、ツナ・・細かいことは」
自分の失言など、ものともしない発言にツナは
全身の血が一気に引く気がした。
銃は二丁あったのだ。9代目が肌身離さず
持っていた護身用の短銃と、リボーンがツナに
こっそり持たせた拳銃――暴発したのは前者であり
ツナが握り締めていたのは後者、だった。
あのとき、穏やかに話していた9代目の
顔色が突然変わった。ツナが自己紹介をしている
間は笑顔があったが、ボンゴレ相続の話になると
老人はベッドから跳ね起き、「殺される!!」
と叫んだのだ。
驚いて椅子から落ちたツナに、9代目はあろう
ことか護身用の短銃を向けたのだった。
とっさの出来事に、ツナはリボーンが押し付けた
銃を取りだしたが――9代目の銃が暴発し、
彼は自らの命を絶つことになったのだった。
端から見れば、ツナが9代目を撃ったかの
ような構図だった。
――では何故リボーンは迷い無く、「暴発」と言ったのか。
「・・知ってたの?」
まさか、という信じたくない想像が
ツナの脳裏を駆け巡る。
あのとき、二人で会うように勧めたのは
リボーンだった。銃をツナに渡したのも。
ツナの銃には、あろうことか銃弾が入っていなかった。
9代目の精神状態がどうあれ、部屋の内部の出来事は
十分リボーンに察しがついたはず、だった。
代替わり(マフィアにとってそれは先代の死を意味する)
の言葉が9代目をどういう行動に導くか、まして9代目の
銃をすり替えていたのが彼ならば――
己の想像の先にツナは言葉を失った。
今、闇社会を席巻している疑問
Who Killed Him?
――誰が、9代目を殺したか。
その答えが眼の前にある。
ツナは持っていたカップを落としそうに
なった。リボーンは口元に笑みを浮かべたまま
ココアが半分くらい入ったカップを支える。
「さて・・俺ももう後がないんだ・・ツナ」
「・・・」
眼の前の悪魔のような男からは、もう一生逃げられない。
そう思うとツナは戦慄を通り越し、涙さえ凍りつきそうだった。
<終わり>