「 春 〜忠犬と飼い主の場合〜 」


 行きも帰りも、一緒に学校に通うことは
二人の習慣になっていた。
 ただ、朝も夕方も相手をひたすら待ち続けるのは
獄寺の方だった。

 当初は自分も待つ、と主張したツナだったものの
「ボスが部下を待つなんてとんでもない」という
獄寺の言い分に根負けし、ツナはほとんど彼の好きに
させていた。

 そんなある日のことだった。


「10代目・・今日時間あります?」
 いつも通り校門で待ち合わせて、ツナが帰路につこうと
したときだった。道を遮るように問われた獄寺の言葉に
ツナは彼を見上げる。

「今日は・・特に用事ないけど」
「じゃあ、ちょっと寄り道しませんか?」

 ツナの言葉に獄寺はにっこりと笑った。
 それはいつもしかめっ面の彼が、ツナにだけ見せる極上の
笑顔だった。
――どこに行くのかな?
 行き先も告げずに歩き出した彼の後姿を見ながら、
ツナは足早に後を付いていった。




「うわぁ・・綺麗」

 獄寺が案内した場所は、最寄りの駅の線路沿いにある
通称「木の花通り」と呼ばれる一帯だった。
 そこには紅・白・薄紅・・といった色とりどりの梅が
咲き連なり見る人の心を和ませている。
 小さいながらも荘厳とした美しさを放つ花弁は
馥郁たる香りを放ちながら、暖かく柔らかい春の訪れを
告げていた。


「もう梅の季節なんだ・・」
 咲きかけの紅梅と、すでに散りいく白梅を交互に眺めながら
ツナはゆっくりと――しかし確実に移ろい行く季節に思いを
馳せる。
 その恍惚とした表情を見るだけで、獄寺は十分過ぎるほど
満足していた。彼にとっては、行き交う人が愛でる春の訪れよりも
10代目の方が美しく、可憐に見えた。


「もう、一年になるんだね。獄寺君と会って」
 季節外れの台風、のようにリボーンがやってきたのが
春の終わり。
 続いて来日した獄寺に、当初爆破されそうになりツナは命が縮む思いをした。
しかし日々を共に過ごすうち・・いつのまにか彼は、自分にとって
傍にいるのが当たり前の存在になっていた。
 梅に見とれながら、ぽつりと重大なことを呟くツナに
獄寺は心臓が飛び出しそうになった。


 二人が出会って一年という(獄寺にとって)長い月日が経過していたが
獄寺とツナの仲は・・気の許せる友達としていわば「停滞」していた。
少なくとも、ツナにとって彼は少々言い出すと聞かないところは
あるものの、中学に入って初めて出来た大事な友達で・・
もちろん獄寺にとってツナはそれ以上の存在、だった。

「そ・・そうっすね・・」
 しどろもどろに答えながら、獄寺は無防備に
自分の真横にあるツナの手を――繋ごうか繋ぐまいか
ひらすら迷っていた。

 ツナを梅通りに呼んだのは、10代目を喜ばせたい気持ちもあったが
いつもの帰宅路とは違った場所で、少しでも二人の仲を進展させたい
理由もあった。
 しかし、いざ10代目を誘い二人で梅を見たまではいいものの
――あと一歩が踏み出せない。
 獄寺は、自分とツナの手を交互に見ながら焦燥と混迷からくる
妙な冷や汗をかいていた。




「――獄寺君」
「あ、はいっ!・・何でしょうか、10代目!!」

 ふいに話しかけられ、勢いよく返事をした獄寺
だったが、声をかけたはずの10代目の目線が低い。
 視線の先を追った獄寺は、その光景に絶句した。

 彼の両手は、ツナの左腕をしっかりと握り締めていた。
ツナの声に驚き、とっさに掴んでしまったようだった。

「いや、あの・・これは!」

 彼は慌てて両手をツナから離したが、弁解の言葉も浮かばず
そのまま為すすべもなく両手を宙に振る。


「決して・・その、10代目と手を繋ぎたいとか
邪なことを考えていたわけでは・・」

 言い訳をしようとするあまり、本心まで口走ってしまった
獄寺にツナも驚いたように眼を丸くした。
 ――その瞬間、獄寺は墓穴とも言うべき己の言葉を反芻し
端正な顔を噴火しそうなくらいに赤らめる。

「あ・・いえ。だから・・その」
 もう弁解の余地すらない。獄寺は悲壮な面持ちで
頭を垂れた。穴があったら入りたい、そんな気分だった。


「帰ろっか・・獄寺君」
 ツナは獄寺の百面相を一通り眺めた後、
ため息をつくように息を吐いた。
「あ・・はい」
 獄寺はツナの提案に面を上げると、そのまま
彼にとぼとぼとついていく。
 ツナの隣に並ぼう、と獄寺が走り寄ったそのとき
だった。

 駆け寄った獄寺の右手と、ツナの左手が触れ合い
その刹那――ツナの手がきゅっ、と彼の手を握った。

「じゅ・・10代目!?」
 柔らかくて、冷たいその感触に獄寺は右手から全身がのぼせ上がった。 

「今日のお礼だからね。別に・・深い意味はないから」
「・・分かってます」  

 天にも昇るくらい嬉しいものの、獄寺は素直に喜べない気持ちで
胸がいっぱいになり低く項垂れた。
 自分の後先考えない行いと失言のせいで、ツナにあらぬ気を使わせているのは、
痛恨の極みだった。


「・・嬉しかったよ」
「あ、梅綺麗でしたね」
 獄寺は自分の情けなさを噛み締めながら、当初の目的をようやく思い出した。
「そうじゃなくて」
 ふいに立ち止まり、振り向いたツナは――耳まで、真っ赤だった。

 獄寺は、しばらく呆けた顔でツナを見ていた。何か自分が失言をしたかと
考えたが・・思い当たる節もない。

「・・もういい!獄寺君なんて知らない!!」
「あ・・え?あと・・その・・10代目!?」

 恥ずかしさに耐えられなくなり、彼の手を振り払って走り出したツナと
そんなツナの胸中も知らず、健気に追いかける獄寺。
 その影には転々と梅のかぐわしい香りと花びらが散るものの・・
――実際、ふたりの春はまだまだ遠かった。




<終わり>