「痛ぇぞコラ…」
頭から首に貫けるずきずきとした痛みでコロネロは、眼を覚ました。
同時に「やってしまった」と思った。昨日は職場の飲み会だった。
俗に言う、二日酔いである。飲みすぎた原因に心当たりはあったが、
まずは乾いた喉を潤したい…彼はそう思った。
――水でも飲むか…。
ぐらぐらと響く痛みに耐え、彼は起き上がった。
そして、違和感に気づいた。ベッドがいつもより狭いのである。
自分の隣に――誰かが寝ている。
――もしかして…お持ち帰りか?
コロネロは冷や汗が出てきた。彼は断じて、酔った勢いで女性を
持ち帰るタイプではない。
が、付いて来られれば話は別である――さらに困ったことには、
コロネロには昨夜の記憶が全く無かった。
「お…起きろ、コラ!」
コロネロは意を決して布団をめくった。
職場の飲み会の後であることを考えれば、隣で寝ているのは
十中八九職場の人間である――連れて帰った自分に言い逃れは出来ない。
後は野となれ灰となれ。コロネロがおそるおそる眼を、開けると…
「あ…おはようございます」
パジャマ姿の男が、のそりと起き上がりコロネロを見上げて微笑んだ。
見覚えのある人間である。コロネロは叫び声を上げそうになった。
実際にはそれに近い言葉を発した。
ぎゃあでも、わぁでもない。それは「コラ!」だった。
「な、なんでお前が俺のベッドにいるんだ…!」
「なんで…って」
男はベッドから降りると、布団を畳み、背伸びをした。
「ここは俺の部屋ですよ?」
「ぎゃーっ!」
今度こそ、正真正銘コロネロは叫んだ。
男と寝てしまった、ではない。男に持ち帰られてしまった。
そんな馬鹿な。コロネロは慌てて立ち上がると、自分の衣服を確認した。
昨日着ていたシャツに、ジーンズのままである。脱がされた形跡は無い。
「…俺、ホモじゃないですよ」
「し、知ってるぞコラ…!」
「疑ってません?」
「てめぇが隣で寝てるからだろ!」
「…濡れ衣ですよ。コロネロさんが、ベッドに入ってきたんです」
「それ以上言うなコラ…!」
コロネロは真っ赤になってしゃがみこんだ。
寄った勢いでよりにもよって同僚の家、しかも男の家に泊まってしまったのである。
ベッドで仲良く添い寝したなんて知られたら…
――俺はもう終わりだ…。
「あの…そろそろ、落ち着きました?」
男の声に、コロネロは顔を上げた。
終始狼狽するコロネロとは対照的に、スエットに着替えた男は
穏やかに、トーストを温めている。
「朝ご飯…食べませんか?」
コロネロの腹も、返事をするようにぐうとなった。
昨日はビール以外ほとんど口にしていないのだ。
誤解を解き、謝罪をするのは空腹を満たしてからでも遅くない。
「…世話になるな」
コロネロはスツールに腰掛け、トーストを齧った。
すでにバターが染みていて、乾いた喉がじんわりと潤う。
「コーヒー、好きですか?」
コロネロが頷くと、男は微笑み、コーヒーを差し出した。
「…どこの課だ、お前」
「コロネロさんと同じ。窓口受付の…沢田綱吉です」
「…沢田か」
確かに見覚えのある顔ではあった――が、記憶に残るタイプでは決して無い。
沢田綱吉はそういう男だった。どこかふわりとして穏やかで、
いつも静かに窓口に座っている。問題や衝突を見聞きしたことは一度も無かった。
対照的にコロネロは、窓口配属になったときから受付では噂の中心だった。
彼は県警では花形・スーパーエースと称される白バイ隊員であったのだ。
彼が異例の辞令を経て、窓口勤務に至った経緯は複雑であり、
それは県警のもつ体質とも大きく関連している。
県警でも特に有能な白バイ隊員であったコロネロが、
事務方の窓口に移ったのは二ヶ月前のことであった。
暴走中のバイクを追跡中に事故に遭い、重症を負ったからだった。
全治二ヶ月、リハビリに二ヶ月――コロネロは懸命に病院に通い、
職場復帰を果たしたが彼を待っていたのは花形ではなく、裏方仕事であった。
――警察のエリートである白バイ隊員が事故を起こしたと
知られれば、警察の沽券に関わる。
コロネロは辞令を素直に受け入れた。
犯人は別の白バイ隊員が無事逮捕、拘束したものの…
――もう二度と白いバイクに乗って、犯人を
追いかけることも、捕まえることも出来ない。
そう思うと心の奥底がちくりと痛んだ。
脚光と羨望、責任と重圧の中で颯爽と走り抜けていく白いバイク。
それはコロネロの人生そのものであった。
未練がないと言えばうそになるが、
そう望むことすら許されない過去を背負って今、己は生きている。
――俺の出番は終わった…あとは新人に託せばいい。
今は一人の事務方として、警察を影から支えている。
一職員として県警業務に関われることが、彼の唯一の救いだった。
コロネロはトーストを食べ終わると
「・・悪かったな。いきなり泊り込んで」
改めて非礼を詫びた。綱吉はコップを拭きながら
「…昨日は随分酔っていましたよ」
心配そうに言った。
「そうか…」
彼の言うとおり、昨日のコロネロはいわば焼け酒だった。
理由は本人も自覚している。かといって彼に話すにはあまりに
個人的過ぎると、コロネロは思った。
「胃薬です。二日酔いに効きますよ」
綱吉が差し出した薬を飲み込み、コロネロは礼を言った。
綱吉は「またいつでも泊まってください」と笑い、
「俺はホモじゃないけど」と付け足した。
***
――沢田綱吉、か…。
書類を整理しながら隣のデスクをちらりと見る。
二ヶ月前から一緒に働いているというのに、
全く口を聞いたことがなかった――仕事に関すること以外は。
仕事は過不足無くこなす無難な男。コロネロは彼をそう認識していた。
デスクの隣に座る、一種の符号のように。
――ホモじゃないけど、か…。
綱吉は記憶の無いまま泊まりこんだ自分を、笑いながら泊めてくれた。
その屈託の無い優しさが嬉しかった。
――女なら惚れるところ…いや、ちょっと違うか。
不躾な訪問だったが、親近感が沸いたことは事実である。
コロネロは昼休みの始まるタイミングで、綱吉に声をかけた。
「飯食いにいかねーか」
「え…?」
「美味しいラーメン屋が出来たんだ」
コロネロの誘いは半分、おそるおそるだった。
元白バイという出身の特異性もあり、コロネロの存在は窓口では
明らかに浮いていた。かといって元の白バイ畑では厄介者扱いである
――唯一例外を除いては。
「コロネロ先輩!ラーメン食べに行きませんか?」
その例外が元気よく、正面玄関から入ってきた。
見慣れたその服装に、思わず仰け反りそうになる。コロネロにとっては
後輩にあたる白バイ隊員。スカルである。
「…ったく、もっと地味な服装で来い」
黒の革ジャケットに同じく黒のパンツ、ブーツも黒、と
黒ずくめなのに職務質問されないのは、彼が警察官だと皆知っているからだった。
「駅前の店、今日オープンですよ」
「今から行こうとしていたところだ」
コロネロとスカルの当意即妙のやりとりに、思わず綱吉が噴き出した。
腹に手を当て、声を当てて笑う。コロネロはやれやれ、と頭をかいた。
「じゃあ…皆で行くかコラ」
コロネロの言葉に、スカルは初めて隣に座る綱吉の存在に気づいた。
「あ、あの先輩…こちらの方は」
「沢田綱吉。同僚だ」
「よろしくね」
にっこりと微笑んだ綱吉に、スカルは思わずヘルメットを
落としそうになったがコロネロは――見て見ぬ振りをした。
「やっぱり先輩がいないと張り合いが無いっスよ」
チャーシュー大盛りの特製ラーメンをすすりながらスカルが言った。
「首都高なんて奴ら走りたい放題です。
正直先輩じゃなきゃ捕まえられないですよ」
スカルが話しているのは高速を超過速度で走る「走り屋」と
呼ばれるグループのことである。彼らは組織化されていて、
白バイの眼を盗んでは日々、超過速度での危険走行に挑戦し、
交通状況を悪化させている。
白バイ隊の仕事の一つは彼らのような「愉快犯」の取り締まりであった。
コロネロは豚骨ラーメンをすすりながら
「現行犯逮捕しかねーだろ」
と言った。スカルがため息を落とす。
「奴ら証拠を残さないんです。鼠にも引っ掛からない」
鼠とは、警察が秘密裏に設置している、カメラつきの速度超過の認識装置である。
二人の会話を聞きながら、綱吉は黙々と味噌ラーメンを食べていた。
「なかなか大変なんですね…白バイも」
「スカルか? まぁあれがあいつの仕事だからな」
昼食を取り、窓口に戻ると綱吉がぽつりと尋ねた。
二人の会話には立ち入らなかったものの、走り屋の横行に
スカルが苦戦している様子は伝わったようだった。
「…俺には捕まえられない…」
コロネロは呟くように言った。
「――戻りたいですか?」
綱吉の言葉に、コロネロのボールペンが止まった。
心の奥底で願いながら、諦めていた思い。
それを、見透かされていたような気がした。
本当なら先陣を切って走り屋を取り締まっていたはずの自分は今、
空調のきいた窓口で書類とにらめっこばかりしている。
「…そんなことねぇぞコラ」
「…コロネロさん、顔…引き攣ってます」
綱吉は笑っている。引っ掛けられた、とコロネロは思った。
誘導尋問である。コロネロは白旗を上げた。
嘘を突き通すより、本心を告げたほうが早く、仕事に戻れそうだった。
「本当は…夢に出てくる」
「…コロネロさん」
「夢の中で奴らを逮捕してるんだ…笑うか?」
「いいえ」
綱吉は書類に視線を戻した。コロネロはボールペンを走らせ始める。
本当なら今日二人で飲みたい。飲み明かしたい
――コロネロはそう思ったが告げなかった。
愚痴を言うのも泣き言も、弱音には違い無かった。
***
交通課窓口は軒並み平穏だった。
午後二時過ぎの、突然の電話がかかってくるまでは。
「おい沢田ぁ、電話だぞ。一番」
「あ…はい」
ラル・ミルチの声が窓口に響き、綱吉は内線を取った。
コロネロと同じく白バイ隊の、紅一点だったラルが
第一線を退いたのは半年前のこと。彼女は今や
「鬼教官」と称される警官専用の運転免許教習員であった。
滅多にかかってこない番号に、綱吉は視線を厳しくさせた。
事件なのか? コロネロの本能が疼いた。
――もう俺は警官じゃねぇのにな。
心のどこかで自分は犯人を、真実を追っている。
そうすることすら許されない身分になったというのに。
綱吉は神妙な面持ちで受話器を戻すと、コロネロに小声で言った。
「現役の、白バイ隊員が逮捕されました。
容疑は貴方に対する殺人未遂――容疑者は、スカルさんです」
コロネロは慌てて立ち上がった。
「そんな馬鹿な…」
「コロネロさんが事故に遭った日、バイク置き場の
防犯カメラにスカルさんが映っていたそうです。
彼がバイクに細工を施し、結果コロネロさんが事故に遭ったと――」
「あいつがそんなことするわけがない」
「どうしてそう、言い切れるんです?
…被害に遭ったのはコロネロさんでしょう?」
綱吉の問いは正鵠を射ている。コロネロは押し黙った。
「苦労を共にした同じ白バイ畑だから裏切らないとでも?」
「そういうんじゃねぇ…スカルは…違うんだ」
コロネロは両手を固く握り締めた。
自分の事故の容疑者が手塩にかけて育てた後輩だなんて。ありえない。
――確かにあいつはバイク馬鹿だし、
見た目もすげー派手だけど…そういう奴じゃねぇんだ。
コロネロはそれきり、黙ってしまった。
「県警本部が、来るように言っています」
「被疑者召致か…」
コロネロは素早く、机上を片付けた。
「ここを頼む」
「…分かりました」
綱吉は書類を受け取ると、「気をつけて」と言った。
コロネロは頷くと、デスクの奥に仕舞い込んだ封書を取り
出し「世話になったな」と言った。
「…何をするつもりです?」
「――俺に、出来ることをするだけだ」
窓口勤務と言い渡されたときから用意していた、退職届けだった。
***
高速ではなく下道を選んだことが災いしたと、コロネロは思った。
交通課をバイクで飛び足したときから自分に張り付いていた粘っこい視線
――その主達が自分を取り囲み、明らかに威嚇している。
すでにコロネロはバイクから下り、道路脇に追い詰められていた。
「何なんだてめぇらは」
コロネロは明らかに苛立っていた。彼を取り囲んだ黒い服の男達は
口々に「お礼参りだ」「てめぇのせいで仲間が捕まった」と恨みつらみを述べた。
男の中には鉄パイプや違法な武器を所持しているものもいる。
おそらくコロネロ――もしくは他の隊員が逮捕した走り屋の
仲間なのだろうが、取り囲んでリンチまがいとは。逆恨みも良いところである。
「逮捕するぞコラ」
コロネロの凄みにも動じず、男達はじりじりと間合いを詰めてくる。
対するコロネロは勿論何の武器ももたない。手錠すらない――彼はただの受付事務なのだ。
――万事窮すかコラ!
コロネロが両目を閉じたとき、近くで銃声が鳴った。誰かが撃たれたらしい。
「お、おいコラ…!」
撃たれた男はコロネロの目の前で倒れていた。
男の手から鉄パイプが落ち、音を立ててアスファルトに転がっている。
男の肩をコロネロは揺すった。出血は無く、気絶しているようだった。
見ると、他の男達も皆そろってアスファルトに倒れている。
「な、何なんだ…」
「――大丈夫ですか?」
空から降る声の持ち主に、コロネロは心辺りがあった。
ゆっくりと立ち上がり、彼を――正視する。
「…何者なんだ、お前は」
男は、ゆっくりとヘリコプターを降りた。
数分前まで並んで仕事をしていた、沢田綱吉である。
「――時間がありません。乗ってください」
網梯子に手をかけると、綱吉は手招きした。
コロネロは彼に従った。壁の向こうから、耳慣れたサイレンの音が近づいていた。
「すみません…約束を破りました」
ヘリコプターが旋回すると、綱吉はぽつりと言った。
「約束…?」
「窓口にはラル・ミルチがいます」
「ああ」
コロネロは言葉少なに、眼下を見下ろした。
よく知る首都高の往来は平日の午後もなかなかの混雑だった。
「…聞きたいことがありますか?」
「沢山あるぞコラ」
「一つずつどうぞ」
「――あいつらに、何を撃った?」
綱吉はああ、と微笑むと「麻酔銃です」と言った。
「ヴェルデ特製…まだSWATにも渡していません」
「ヴェルデ…?」
聞き慣れない言葉に、コロネロは首を傾げる。
「今頃逮捕されているでしょう。貴方への恐喝容疑で」
「それだけで引っ張るつもりか」
まさか、と綱吉は言葉を遮った。
「吐かせますよ。速度超過も、交通妨害も」
やはりな、とコロネロは頷く。
この男は自分を撒き餌にして彼らをおびき出したのだ。
交通課の人間に恨みを抱く走り屋は多い。
現行犯で捕まらないならおびき出せば良い
――が要は、乱暴かつ違法な捜査である。
「お前は、何者なんだ」
「さっきと同じ質問ですね」
二人の会話を聞き、操縦席に居た銀髪の男が振り返った。
分厚いゴーグルを外して彼は
「この方は…次期警察庁長官。沢田綱吉さんだ」
「…けっ、警察庁長官?」
コロネロの声が裏返る。
三人きりのヘリコプターは蒸し暑いが、勿論途中下車は出来ない。
「エリート中のエリートがなんで――」
「窓口にいるか? それは、内緒です」
「まだ、捜査中なんだな」
綱吉は頷いた。それ以上は告げられない、と。
コロネロも彼の真意を汲み取った。綱吉が窓口に潜入したのには訳がある。
それを自分が知れば、外部に秘密が漏れる危険があった。
「スカルを嵌めたのは誰だ?」
コロネロは単刀直入に尋ねた。
「…俺です」
「しかし十代目!」
銀髪の男が口を挟んだが、綱吉はやんわりと制した。
「発案したのは俺です。スカルさんにも了承済みです」
「どういう意味だ?」
「真実を知るために、一役買ってもらいました」
今度はコロネロが黙った。綱吉は続ける。
「…半年前の真実を教えてくれませんか」
「もう、終わったことだ」
「あの時、誰が事故に遭い、誰がそれを庇ったのか」
コロネロの肩が跳ね上がった。どきりとした。
狭い機内で向かいに座る綱吉は微笑み、プロペラが音を立てて回り続けている。
コロネロは初めて彼が何故、ヘリを用意したかを理解した。
ここは彼の「尋問室」なのだ。
「…もういい、止めてくれ」
「半年前貴方は山間の県道で暴走するバイクを追いかけていた。
ラル・ミルチも一緒に」
「…」
「そして貴方は事故に遭い、白バイのライセンスと、名誉を失った」
綱吉は一呼吸置くと
「このケースにはいくつかの不都合があります。
第一に貴方があの程度の道で事故を起こすなど有り得ない。
第二に貴方の負った傷は白バイの損傷とは別物だ。
第三にラル・ミルチは事故のあと、自ら辞表を出している
――自分が犯人を捕まえたにも関わらず。全てにおいて不自然です」
これは俺の推測に過ぎませんが、と前置きして。
「おそらく…事故に遭ったのは貴方じゃない。ラル・ミルチだ。
そして――これもおそらくですが貴方は、ラルとバイクを交換し、
その後何らかの形で重症を負った…先ほどのように走り屋の仲間に
囲まれたのかもしれません。職務を追われた貴方をみて彼女は
責任を感じ、暇を申し出た――反論は?」
ありません、とコロネロは速やかに言った。
鮮やかな洞察にむしろ惚れ惚れした。
鑑識でさえ見破られなかった嘘をこの男は軽々と見抜いている。
「彼女を、庇ったんですね?」
コロネロは綱吉を見つめた。真実を求める琥珀色の瞳。
そんな眼を――以前の自分も持っていた。
「…元は、落石だったんだ」
「…」
「俺がラルに追いつく直前に、土砂崩れが起きてラルは横転した。
ミスじゃない…あれは俺でも防げない」
「…失礼ですが、ラルと貴方の関係は?」
「同じ孤児院で育った。家族みたいなもんだ。
別々の里親に引き取られたから、履歴書には乗ってない。
俺も、警察学校で会うまで気づかなかった」
「それで…彼女の事故を肩代わりしたと?」
「あいつは女だ。事故が知られたら警察にはいられない。
俺ならまだ潰しがきく。若い才能を潰したくなかった」
「貴方が負う…必要もなかったのでは?」
「…」
「落石の、本当の理由を知っていたんですね」
綱吉の言葉に、コロネロは頷いた。
「土砂崩れは不自然だった。俺がラルを先に行かせると、
山林から男達がわらわらと出てきた。
どいつもこいつも白バイを目の敵にしていた――奴らは…」
「――もう十分です」
綱吉はコロネロの言葉を遮り、一本の電話をかけた。
用件を告げると今度は操縦席に「着陸を」と言った。
「…長官。この話は」
「すべてヘリコプターの中の雑談ですよ」
綱吉は振り向かない。コロネロは不安になった。
真実を告げたとき最も心配したのはラルの処遇だったのだ。
「ラル・ミルチは非常に優秀な教官ですね」
「…そうだな」
「一人でも多くの優秀な警官を育ててくれると信じていますよ」
振り向いた綱吉は笑っていた。
トーストを焼き、コーヒーを淹れた朝と同じ、清清しい笑顔だった。
ヘリコプターを降りると、屋上で待っていた男が駆け寄ってきた。スカルである。
「先輩…!すみません!」
彼はコロネロと、綱吉に向かって深々と頭を下げた。
「気にするな…元は俺が蒔いた種だ」
「でも先輩…」
「彼の逮捕は虚偽ですから、ご安心ください」
スカルは下ろした頭を上げない。
コロネロは無理やり彼を上向かせた。案の定、泣いていた。
「すみません、先輩…俺…」
「いちいち泣くな、俺は何ともない。勿論お前もな」
「違うんです俺…嬉しくて…」
「――は?」
「先輩が白バイ隊に戻ってきてくれて…」
そんな馬鹿な。コロネロは持っていた退職届けを封筒から取り出した。
職務を終了したいと書いたはずの書類には、思いもかけない言葉が記されていた。
――本日をもって、白バイ隊に復隊を命じる。
「…」
しばらく、言葉が出なかった。それから、じわじわと涙腺が緩んだ。
コロネロが事態を察知した頃を見計らって綱吉が言った。
「スカルさんは貴方の復隊を条件に、虚偽工作に応じてくれたんですよ」
「…っ、馬鹿やろ…」
――なんで、俺なんかのために。
スカルは鼻水をすすって、「おめでとうございます」と微笑んでいる。
綱吉も青空の下、屈託の無い笑みでコロネロの「返事」を待っていた。
コロネロは辞令を握り締めると、綱吉に向かって大きく右手を掲げた。
正真正銘の――最敬礼だった。
***
――今日もいい天気だなぁ。
午前中の仕事が終わると、綱吉は大きく背伸びをした。
受付の左隣が空席になって1一週間。彼らは午後11時45分に
なると揃って、窓口にやってくる。
「おいツナ!飯食いに行くぞコラ」
「沢田さん、お疲れ様です〜」
白銀のライダールックのコロネロと、黒いジーンズに黒いジャンパーのスカル。
二人の服装は対照的で、少々…いやかなり目立つが二人ともよく似合っていた。
窓口の後ろでは女子社員たちが黄色い悲鳴を上げている。
白バイ隊の若手とベテランの二人にはそれぞれ多くのファンが付いていた。
「いいけど…またラーメン?」
「俺、美味しいお好み焼きの店知ってます!」
そうだな、と相槌を打つコロネロに綱吉が耳打ちする。
「今日のお好み焼き――ラルも、誘ってみない?」