[ ラーメンライス餃子半人前 ]



 「らうめん」と書かれた朱色の暖簾をくぐると
らっしゃい!という威勢のいい掛け声が厨房から飛んできた。
山本は、こういう隠れた美味しいお店を何故かたくさん知っている。


  醤油と味噌を一つずつ頼むと、彼はさらにライスと餃子一人前を
追加した。高校生になった彼は食欲に比例して背も肩幅もぐんぐん大きく
なっていた。山本と隣に並ぶと、見上げないと彼と目が合わないこと
それは少しだけ・・俺のコンプレックスだった。初めてふたりでラーメン屋に
入った夜から三年経つのに、俺はちっとも背が伸びない。
 のっぽな彼とちびな俺・・一緒に歩いていると、クラスメイトという
よりは兄弟みたいだった。


 湯気を沸きたてながらラーメンが到着すると、俺たちはまず
スープを飲んだ。美味しいラーメンはスープから味わうことを
教えてくれたのも彼だった。
「ツナも、半分食えよ」
 彼に言われて俺は、右側半分の餃子をぱくっと口に入れた。
にんにくと肉の味が口中に広がって俺は、ものすごく大変なことに
気づいた。・・こんな臭い口臭では彼と・・お別れのキスが出来ないのだ。
(たいがい俺たちは、別れ際電柱の影でキスをする)
 それ以前に、口を開くとにんにく臭くて堪らない。
俺は自分の部屋に帰るまで一度も、山本と・・話せない。
――あまりの衝撃に熱々の麺をほうばりながら変な汗が
たくさん額に滲んだ。
 とりあえず、頷くだけで今日を乗り切ろうと思った俺は
次の彼の発言にメンマを喉に詰まらせそうになった。


「俺さ、野球やめようと思うんだ」


 彼の言葉に「な、なんで・・」と言いかけた俺は
声を出す前に大きくむせた。ナルトが気道に侵入しかかった
らしい。
 彼がとってくれたお冷を飲み込むと俺は・・もう一度
「何で?」と聞いた。

 今年の甲子園で、4番で最多ホームラン記録を塗り替え
ピッチャーとして決勝戦をノーヒットノーランとで押さえて
しまった彼は、メジャー入りが有望視されていた。
 野茂、イチローに続く、「ヤマモト」は今メジャーの
スカウトマンがこぞって代理人と交渉している百年に
一人レベルの――逸材だったのだ。


 白米を飲み込むと、彼はそれが当たり前のように
答えた。


「・・だってアメリカいっちまうと、ツナのために
寿司、握れねーじゃん」


 二の句が次げない俺を見ながら彼は、爆弾のような
発言を落として笑った。にっこりと形容するにふさわしい
微笑みだった。


「寿司屋の奥さんは、ちょっと背が低い方がいいんだってさ」


 カウンターの向こうの二人とも背が高いとお客さんが
萎縮してしまうらしい。のっぽな亭主と、小さな奥さん。


「・・俺ら、ぴったりじゃね?」


 彼はもう一度笑った。プロポーズの言葉は餃子くさかったのに
手を繋いで店を出たら――ふいうちみたいに、涙が零れた。




(チャーシューは大目にお願いします、が好きと言ってくださったM様に捧げます!)
(どうにも甘くて、臭くて・笑すいません・・)