PURE LOVE
「ドライ・ジンはゴードン製だって言ってたっけ?」
ヒットマンの言葉を思い出しながらコルクを回す。
辺りに漂うジュニパーの香。
彼が愛したカクテルと聞くだけでシェーカーにジンを注ぐ胸の奥が騒いだ。
ドライ・ジンにフランボワーズ・リキュール、ライムジュースを注いで
シェーカーを振る。氷をぶつけないように静かに、リズミカルに。
そして滑らかに攪拌されたそれをグラスに注ぎ、ジンジャーエールを
加えてゆっくりとかき混ぜる。
「カクテルはステア(かき混ぜる)が命っていうけど」
彼がステアする時はいつも、バースプーンをグラスから離した後
ドリンクと氷がゆっくりと回り続けている。
まるで永遠に続く速度で。
「・・やっぱり君みたいには作れないや」
リキュールを多めにいれたそれは甘酸っぱく、
一口飲んで白旗を上げた。カクテル一つとっても
彼に敵うものなんて、何ひとつない。
「――早く、帰ってこないかな」
自室にバーカウンターを持つお抱えヒットマンは
イタリアでも有数のバーテンダーだった。
今でも時々素性を隠して彼は、夜の街の片隅で
シェーカーを振るうと言う。
「・・俺には飲ませてくれないのにね」
薄紅色のカクテルはかつて日本でみた花の淡い花弁によく似ていた。
初恋の味、と賞されたそのカクテルを見るたびあの、
十年前の突然の来訪を思い出す。君はあまりにも唐突に現れ、
有無も言わさず俺の生活に入りこんでしまった。酒の味を
「ボスのたしなみ」と教えてくれたのも、カクテルの作り方を
教えてくれたのも全部君だったのに。俺は、彼の与えるお酒とは
違うものに酔ってしまった。気づいた時には、取り返しのつかない場所に来ていたのだ。
「純愛、なんて君らしくないよ・・」
そのカクテルの名前を聞いた時は耳を疑ったけれど。
そんな言葉を君の口から聞くなんて思いもよらなかったんだよ。
ねぇ、リボーン。
こんな甘さじゃ、初恋も氷みたいに溶けてしまう。
だから、夢から覚める前に
どうか、アルコールの過ちで
俺を、帰れない場所に連れて行って。
何も考えられないくらい熱く、介抱して。