PROPOSTA!




 指輪を買った。おそろいのシルバーリング。
買う、と決めるのは早かったけれど、実際に宝石店に行くまでには
一ヶ月くらいかかった。相手の指輪のサイズが、分からなかったからだ。
かといって、単刀直入に「指輪のサイズはいくつだコラ」と聞ける
――わけでもなく。(当然のことながら、指輪を差し出して、プロポーズする
わけで。その前にプロポーズしようとしていることが相手に分かってしまったら、
身も蓋も無いわけで)
――どうやってツナの指輪のサイズを測るかだ・・コラ。


 最初のミッションはそこだった。それはまぁ――何とか
(寝ている間にサイズを測るという地味な方法で)クリアした。
宝石店でイニシャル入りの指輪を受け取ったコロネロは胸をなでおろしていた。
やれやれ。少なくともこれで、プロポーズは出来る。相手がそれを受け入れるか
どうかは――また別の問題である。それでも。

――今日絶対渡すからなコラ!

 シャンパングラスを並べ、ローストビーフを切りながらコロネロは心に誓っていた。



***



「プロポーズ、まだなんだよね」

 綱吉がそう言うと、向かいのデスクに座っていたスカルが
「そうなんですか?」と身を乗り出した。アルコバレーノ商事の
経理課の一番奥のデスクは、多少の私語も許される、綱吉達にとって快適な職場だった。

「でも先輩って長いんですよね?確か学生の頃からだって・・・」
「うん。大学の頃からの付き合いだから」

 あえて、大学と付け足したのには理由があった。
綱吉がコロネロと知り合ったのは彼が二十歳の時。
六つ下のコロネロは十四歳。おおよそ犯罪ともいえそうな年齢差は、
ひとえに二人が知り合ったきっかけに起因していた。

――大学の時に家庭教師してた中学生とくっついたなんて・・言えないよな。

 経理部の後輩のスカルには、自分の「恋人」がイタリア出身で
あることは伝えてあった。(同性だとは言ってない)。
綱吉とその恋人を勝手に想像したスカルは、紫色の瞳を輝かせて

「いいですよね〜ブロンドに青い眼、すっごい美人なんですよね」
「ま・・まぁ」

 間違ってはいない。綱吉は曖昧に頷いた。
確かに、コロネロは(男であることを除けば)美人だ。街を一緒に歩いていても、
(何故こんなかっこいい男が自分の隣にいるんだろう)と思うことは何度もある。
無論、顔で選んだわけでもないし(コロネロの告白を綱吉は一度断っている)、
コロネロも自分を見てくれだけで選んだとは想像しがたい。要は・・

――何だかんだ言って、うまく行っちゃったんだよな。

 出会って二年、告白を受け入れ付き合って二年。
もう十分にお互いを理解するに足る時間を経たと綱吉は思っている。
だからこそ――何らかのけじめを付けないといけない、と思っていることも。

――結婚しようって言ったら・・コロネロ、泣くかな?

 想像するにはあまりに甘ったるい内容だったけれど、綱吉は自分の頬が緩むのを感じていた。


「あっ、先輩・・にやついてますよ?もしかして今日、プロポーズするんですか?」
「えっ?あっ・・まぁ・・相手が先に帰っていたらね」

 スカルは、ひゅうひゅう、と小さく口を鳴らしてデスクに戻った。
午後一時の役員会までに作成する資料を仕上げなければならないのは彼も同じなのだ。

――まずは仕事を終わらせて、それから駅前のケーキ屋に行って・・。

 綱吉は思考の先に胸を躍らせていた。いつも、彼には驚かされてばかり。だから。

――たまには俺だって君を・・びっくりさせたんだ。

 突然のプロポーズと、大好物のケーキに驚く恋人とその笑顔を想像すると、
不思議とキーボードを叩く手も軽やかになり綱吉は、逸る気持ちを抑えて
タイピングに集中した。


***


 その日は結局定時に仕事を切り上げることは出来なかった。
午後七時になり、経理部の周囲が閑散とし始めた頃綱吉は退社し駅に向かった。
コロネロが大好きなイチゴのホールケーキを買うためだった。

――甘い物買ってくると、怒るくせによく食べるもんな。


 大柄な体格とは比例して、コロネロは下戸だった。
さらにケーキや饅頭などの甘いものを好んで食べた。
シュークリームやエクレアを一人で二、三個平らげては

――こんな甘いものばっかり食えるかコラ!
 と文句を言っていた。
――素直に好きって言えばいいのに・・。

 彼が強情なところは十四の時から変わらなかった。
最初に「好き」と告白されたとき、綱吉は子供の憧れだろうと全く相手にしなかった。
その時も

――俺は本気だぞコラ!

 紅顔の美少年(その頃からコロネロは近所でも有名だった)は
眉を吊り上げて怒ったのだった。

――そんなこと言われても・・俺、家庭教師だし・・困ったなぁ。

 家庭教師が教え子に手を出すこと(しかも同性の!)は御法度だった。
綱吉も、教師としての節度を守った。

――そんなに君が本気なら、高校生になって、俺の家庭教師が終わるまで
待ってよ。俺は雇い主の子供さんと、付き合うことなんて出来ないから。

 コロネロは、頷き、綱吉の言うとおりさらに二年待った。
念願通り彼が高校生になり、綱吉の家庭教師が終了すると
コロネロはショルダーバッグひとつで、綱吉の住む、1DKのアパートに現れた。

――約束どおり、来てやったぞコラ!
――こっ・・コロネロ・・?

 玄関で瞳をらんらんと輝かせるコロネロを、綱吉は追い返せなかった。
元・雇い主の両親には丁重に詫びを入れ、コロネロを自宅で預かることになったのだ。

――悪いけど、君を養う余裕は俺にはまだ無いからね?

 社会人一年の綱吉が遠回しに言うと、コロネロは
――自分の食い扶持くらい自分で稼ぐぜコラ!

 その勢いにやられた、と自分では思っている。
それは、今となってはむしろ「伝染」しているとも、思う。

――俺が・・プロポーズするなんて、な・・・。

 イタリア出身の、元教え子の、六つ年下の、十八歳に。
しかも男と住んでいるなんて言ったら実家の母親はなんて答えるだろう。
想像の先に眩暈がして綱吉は思考を切り替えた。

――まずは、プロポーズを成功させてから。

 付き合うまで二年、それから二年彼を「待たせた」。
いつまでもそれじゃ、大人の男としてどうなんだ?と
次々に結婚していく同期の社員を見ながら思っていた。

――まずは駄目ツナの汚名・・返上だな。

 綺麗にラッピングされたホールケーキを受け取ると、
綱吉はスキップしたくなる気持ちを抑えて改札口に向かった。
この時間なら、九時前には自宅に着けるだろうと、彼は思った。


***


 四年も住んでいるアパートの鍵を開けるのに、緊張したのは初めてだった。
「ただいま〜」
 恐る恐る、ドアを開くと部屋は意外なことに真っ暗だった。

――もしかしてまだ、バイトかな?

 リビングを覗くと、照明の落ちた真ん中でひとり、良く見た顔が寝息を立てている。
すっかり酔いつぶれていたのは、この部屋のもう一人の主、コロネロだった。

「・・・寝てる」
 食卓にはローストビーフとピザ、チーズとキャビアが並んだオードブルに、
彼が用意したらしいシャンパンが置かれていた。思いもよらない豪華な食事に、
綱吉は驚きながら、コロネロの肩をゆすった。


「もしもし〜コロネロ?」
「なんだ、コラ・・・」
「・・今日は先に帰ってきたんだね」
「今日は・・バイトは半休だ」
「もしかして――俺を・・待っててくれたの?」

「待ってねーぞコラ」
「嘘つき」
それから・・ごめんね、と綱吉は言った。
――俺、君を待たせてばっかりだ。

「ねぇ・・コロネロ――」

 ご馳走をいっぱい並べて、今日は何のお祝いなの? 
綱吉は尋ねようとしたがすでにコロネロは彼の膝の上に頭を乗せ、熟睡していた。

――やれやれ・・寝ちゃった、か。

 大方、自分の帰りを待ちきれずシャンパンの栓を開け、
それで酔い潰れてしまったのだろうと綱吉は思った。
元々はせっかちな、彼らしいな、とも。

――プロポーズは明日にしよう。

 コロネロの頭の下にクッションを置き、起こさないようにブランケットをかけた。
朝まで起きないだろう、と綱吉は思った。

――寝ているときは、可愛いんだけどね・・。

 十八の男に、可愛い、なんて言ったら怒られるだろうと思い、感想は胸の内に留める。
――結局何の日なのか・・分からなかったな。

 綱吉がケーキを冷蔵庫に移すと、ふとテーブルの上の飲みかけの
シャンパンが目についた。グラスに注がれたそれは、ピンク色が
ほのかに泡立ち美味しそうに見えた。

 一口だけ味見。そう思って綱吉はシャンパンを口に含んだ。
その途端、ざらりとした何かが舌に触れ、綱吉はそれを掌に戻した。
何かがシャンパングラスの底に沈んでいたのだ。
誤ってそれを、飲もうとしてしまったらしい。

――何だろう、これ・・。

 淡いピンクのシャンパンの底にあったもの。
 それは、コロネロの指よりひと回り小さい、シルバーリングだった。



***



 職場の先輩の家に遊びに行くのは初めてだったのでスカルは緊張していた。

「あ、スカル!いらっしゃい」
「お、お邪魔します・・!」

 沢田綱吉はスカルの敬愛する先輩であり、ひそかな思い人でもあった。
(ただし知り合ってかなり早い時期に綱吉に恋人がいると聞かされスカルの
小さな恋は人知れず幕を下ろしている)
そんな彼が、結婚したばかりの綱吉の自宅に招待されたのだ。
断る理由はどこにもない。

――え?本当にお邪魔しちゃっていいんですか?
――狭い家だけどね〜バーベキューは人数居た方が楽しいから。

 結婚に伴い綱吉は転居したとスカルは聞いている。
職場近くのアパートから、郊外の一軒家に移り住んだというが、
職場の人間は誰一人綱吉の新居に行ったことがなかった。

 スカルは靴を脱ぐとスリッパに履きかえた。建てたばかりの家から香る
独特の匂いが彼の鼻腔をくすぐった。新婚の匂いがする、と彼は思った。

「素敵な家ですね」
 素直に感想を述べるスカルに、綱吉は最愛のパートナーを紹介した。


「スカル・・彼がね、コロ――」
「コロネロ先輩!」
「何でてめぇがここにいるんだコラ!」

 三人の台詞はほぼ同時だった。後者二人の声は、絶叫に近かったが。
 頭を抱えて怯えるスカルと、怒声を上げるコロネロに綱吉は

「・・二人とも、知り合いだったの?」
「ひぃぃ!すみません、先輩・・!」
「生きて帰れると思うなコラ!」
「えっ、ちょっと待っ・・!」

 スカルは俺の後輩で、コロネロは俺の結婚相手なんだけど――
予想しえない状況にただ呆然とする綱吉の声は届かないまま。

二人の「意外な接点」を綱吉が知るところになるのはまた――別のお話。