Prayer




 落とした血の赤に気づかない程呆けてもいなかった。
俺は彼の右手首を掴むとそれを高々と持ち上げた。
リボーンは明らかに舌打ちを零したが彼のプライドに付き合っている暇は無い。
血が流れれば体力を消耗する。
 怪我を放置すれば傷口からばい菌が侵入し死に至ることもあるのだ。
出血している時は、腕を心臓より高い位置に誘導すること。それは応急処置の初歩だった。

「・・闇医者の入れ智恵か」
「妬いてる場合じゃないでしょう」

 今日の銃撃戦は熾烈を極めるものであったと聞いていた。
報告を受けて俺はすぐに本部を飛び出しミラノのとある路地へ向かった。
右腕の必死の忠告も耳に入らなかった。

 彼に「もしも」は存在しない。それでも。
その「もしも」は俺を十分に破壊してしまえる殺傷力をもっている。
彼に何かあれば、俺にとって息をすることさえ無意味になってしまう。

「救急箱持ってきて正解だったね」

 スーツの右肩に焦げたような跡と血の匂いが染み付いている。
彼にとっては珍しいことだが銃弾がかすったのだろう。
       俺は取り出したガーゼを切って消毒液を塗り込み、破れたスーツの隙間に差し入れた。
彼の表情が歪んだが気にはしない。

「・・どうせならナース姿で来るくらいサービスしろ」
「はいはい」

 俺は白いテープを切ってガーゼに貼り、その上から包帯を巻きながら話半分に答えた。
本当は痛むのだろうがそういうそぶりを見せないところが彼らしかった。
 そんな彼が好きだった。

一通りの処置を終えた時だった。
ふいに彼は俺の胸倉を掴み、俺の体を道路に向かって投げ飛ばした。
――その瞬間、銃声が血の海と化した廃墟に轟いた。
 何者かが俺に向けて発砲したらしいが、犯人はすでに事切れている。
 リボーンは構えた銃を下ろすと、血の滲んだ右腕を静かに擦った。
俺を庇ってくれたのだろうが、余計な傷を負わせてしまったのが申し訳なくて
俺は「ごめん」と言った。

「ったく・・ぼやぼやしやがって」
「うん・・」

 君が無事で安心したんだ、と言うより早く何かが首に触れ僅かな重みが肩にかかった。
俯いた彼の額が右肩に乗っている。閉じているだろうその眼は、確かに何かを悔いている。
 むせ返るような血しぶきと、原形を亡くした肉片の中で。
狂おしいほど晴れ渡る雲ひとつない空の下で。


 彫像のように動かない彼の背中は、名も無い路地に散る
魂に祈りを捧げる殉教者のようだった。