[ アップルパイ ]
シルエットだけなら、まりもみたいなヒットマンが
無謀にも標的としている最強の男からいつものごとく
返り討ちにされ、自分の身長よりも大きな例の
バズーカを取り出したのは午後3時を過ぎたころ
だった。
それはあまりにも予想のできる光景だったため
おやつのアップルパイをフゥ太やイーピンとほうばり
ながら、俺たちはのんびりとテレビを見ていた。
しばらくしたら大人になった彼がもくもくと沸いた
煙から出てきておやつを堪能して帰っていくもんだと
俺は思っていた――けれど。
「ラ、ランボさんは、ほんとは強いんだぞ・・!」
号泣しながら持ち出したバズーカの向きは、大きく標的を離れ
向かい側にいた人物――フゥ太の方向へ傾いた。
「フゥ太・・!」
「%&#*+・・!!」
危ない、と二人で叫んだ瞬間――真っ白な煙が
彼を包み込んだ。助け出すことは、不可能だった。
「大丈夫かな・・フゥ太」
イーピンは頸を左右に振った。分からないという
表情だった。ランボはあいからず泣き続けている。
「・・ツナ兄?・・やっぽりツナ兄なんだ?」
収束した煙の中から跳ねるような声がして机の向こうを見ると
――目の前に、10歳年をとった彼がちょこんと座っていた。
「フゥ・・太!?」
机の向こうの姿に俺は絶叫した。10年バズーカを
くらったんだから、当然の結果なのだけれども・・
大人フゥ太は思わず机から身を乗り出すくらい
見違えていた。
「久しぶりだね、ツナ兄」
エメラルドみたいな眼を細めると、すでに少年
――いや大人ほどの身長を持った彼は優雅に微笑んだ。
こげ茶色のさらさらした髪に王冠を乗せたら、まるで
どこかの国の王子様みたいだ。
――フゥ太って何歳だったっけ・・
確か10には満たないと聞いてはいたが
マフィアに追われる超重要人物のため
そのプロフィールは謎に包まれている。
今目の前にいるフゥ太は推定20歳以下
というところなのだろう。
「ツナ兄に会えて嬉しいな」
小脇に抱えていたノートパソコンを置くと
彼はふわりと、笑った。
・・その微笑がなぜか少し寂しそうで
10年後はこんな風にアップルパイを食べたり
なんてできないのかな、と俺は少し思った。
初めて遭遇した彼はいくぶん痩せ、スマート
というよりは少し疲れているような印象だった。
――10年後も、やっぱり追われているのかな・・
聞いてみたいことはたくさんあったけど、目の前の
彼があまり嬉しそうに微笑むので、俺は喉まで出かかった
言葉を忘れてしまった。
5分なんてあっと言う間だった。
「・・僕、もうそろそろ行かなきゃ・・」
右手の黒皮の時計をみやると、フゥ太は寂しそうに
深い緑の眼を細めた。10年後、また会えると分かっていても
・・俺も淋しくなって俯いた。
「あ、そうだフゥ太・・これ、持って行って?」
まだ手をつけてないアップルパイを咄嗟にティッシュで
包み彼に差し出すと、彼は俺の右手を引いてその甲にそっと
キスをした。
――まるで本当の王子様みたいな仕草だった。
「・・今度は一緒に食べようね、ツナ兄」
声色が、さよならと言っていた。行き場の無くなった
アップルパイを皿の上に置くと、すでに泣き止んでいた
ランボが俺のもの、といわんばかりにその皿をもぎ取った。
いつもの彼が戻ってくるまで俺は、深緑の瞳が残した
謎掛けをずっと考えていた。
*後日談*
「・・ツナ兄、僕のアップルパイは・・?」
気が付くと、うるうるした瞳の弟分が自分を見上げていた。
10年バズーカには多少のタイムラグが生じるから、フゥ太が
戻ってきたときには彼の皿の上は空っぽになっていた。
「・・あ、ごめん。フゥ太・・」
ついぼーっとしていた俺は、ランボが横からそれを
掠め取っていくのを防ぐことが出来なかった。
「俺のでよかったら、食べる?」
一口齧ったアップルパイを差し出すと
「え?いいの・・!?」
わーい、と満面の笑顔を咲かせたフゥ太が
両手でそれを大事そうに受け取った。
もぐもぐと嬉しそうにアップルパイをほうばる
姿をぼんやりと眺めながら俺は、さっき垣間見た
未来の彼の姿を思いうかべる。
――すごく、大人っぽくなってたな・・
10年後の自分なんて想像できないけれど
さっきの彼はおそらく自分の10年後よりずっと
しっかりしているのではないか?
にこりと笑顔を浮かべた青緑の瞳が脳裏を
掠めて何だか俺は不安になった。
・・いつまで、フゥ太と一緒にいられるんだろう?
彼はランボやイーピンとは事情が違うから
ここにいることが発覚すればまた終わりの無い
逃亡の旅に出てしまうかもしれない。
いつ、この無邪気な笑顔を見れなくなってしまうか
なんて・・分からないんだ。
――そう思うと胸の奥がすっと淋しくなって俺は・・
この賑やかでときどき自分を困らせる自称弟分を
自分が思うよりずっと大切に感じていることに
気づいた。
家族愛というよりは深くて、兄弟愛よりは温かい何か。
それに名前をつけることはまだできない――けれど。
「ツナ兄、あーんして?」
声に振り向くと、フゥ太が俺の口の中にパイの
最後の一切れをぽいっと押し込んでくれた。
口の中に、りんごの甘酸っぱさと甘さが広がって。
――目の前には無邪気で天使みたいな微笑が
ちょこんと正座してて。
「ほとんど貰っちゃってごめんね。美味しかった・・!」
ツナ兄のお母さんのつくるアップルパイは世界一だね、と
言う弾む声を聞きながら俺は、もうすこしだけこの我儘で
優しい弟の、そばにいたいと・・願った。
(フゥツナに飢えている狭衣様に勝手にプレゼント!
もしよかったら、どうぞ!!)