人間の首には穴の開いた骨が七つ並んでいる。
その楕円形の空間には黄色い一本の神経が
通っている。首を絞めると死んでしまうのは
息が出来ないからじゃない。
脳と体の接続が切れてしまうからなんだよ。
[ 押入れ ]
山本は首を触るのが好きだ。うなじをかき上げてキスしたり
鎖骨から喉まで撫であげたり。唇がみみたぶを噛む――柔らかく、甘く。
そんなことをしていると俺の身体はひっくり返ってすっぽりと
彼に包まれてしまう。いつから彼の部屋にいるのかは分からない。
それさえ考えたことも無い。
「――やまも、と・・」
名前を呼ぶ、彼を確かめるためだ。彼は何も言わない。ロボットみたいに
俺を抱く。彼のことは好きだ、けれど世界に彼しかいないのは、ときどき
淋しい。二階の窓から見える電線を眺めて外に出たいよ、というと
条件付きで許してくれる。手を繋いでなら、とか。
自分とだけ会話する、とか。
そうして彼と生きている。それが俺の当たり前だった。
敷きっ放しの布団の上でふと突き当たりの押入れの
引き違い戸が眼についた。彼の部屋に来てから一度も
開けていない空間だった。
ねぇ、山本、と俺は聞いた。彼は俺の背中を抱いている。
返事は無いが声は聞こえているだろう。
「・・押入れに、なんでしまわないの」
俺が精液で汚してしまう布団はいつも朝から干しっぱなしだ。
だから布団は数組ある。愛の分だけある。それが8畳の部屋に積まれている。
けっこう圧迫感がある、だから・・ひとつくらい押入れにしまえばいいのに、と思う。
彼は何も言わなかったので俺はそのまま愛に溺れた。
そうすることが日課だった。
それから、彼がふと部屋から出て行ったので俺はそろそろと
布団から抜け出して押入れを開けてみた。何かが無造作に押し込まれている。
俺は裸のまま中を覗き込んだ。暗闇の中で「俺」と眼があって、俺は
小さく「あっ」と声を上げた。鏡にうつった自分とまったく同じ眼が
ぎろりとこちらを睨んだ。悲鳴を上げようとした瞬間、喉が潰れて
息ができなくなった。俺の呼吸を止めたのは、さっきまで俺を追い上げて
いた彼の両手だった。
***
使用上の注意には、「ご不要の際はリセットボタンを押して
ください」と書いてある。これがなぜか人間の脊髄にあたる部分にあるのだ
つまり――機械を停止するには首を強く絞めなければならない。
まるで廃棄するたびひとを殺しているような気分になるのは
あまりいいことではないが――このボンゴレ社のカタログでしか
「ツナ」は手に入らないのだ。山本は息を吐いて分厚い注文書を
閉じた。
最初はストーカー男に気を許した。
二人目は家庭教師に恋をした。
三人目はその兄弟子に憧れた。
四人目は――勝手に家出した挙句、風紀委員長につかまった。
五人目・・あれはミスだ。押入れを勝手に覗くので息を
止めてしまった。
この人形の問題点は、一度止めてしまうと再起動が
できないことだった。
何にでも興味を持つ性格なだけに閉じ込めておけばいいと
思ったらなかなかうまく行かない。自分のことだけ記憶に残る
ように入力しても、散歩ひとつ連れて行けない室内用玩具。
それがだいぶ前に亡くしたクラスメイトにそっくりだったことが
自分をここまでマニアにしたのだと、山本は思っている。
彼を抱いている間だけ、ツナが傍にいるような気分に
浸ることができるのだ。細くて弱くて優しくて、いつも自分の背中を
見つめていたツナに――
今度はもう少し従順なタイプにしよう、と彼は思った。
ユーザーが増えているのか、改訂版のカタログには体操服や
普段着、なんに使うのか猫耳までオプションが出ている。
着せ替え人形にも十分使用できそうな容姿だ。山本は頷いた。
今度は逃げ出さないように首輪と、勝手に動かないよう
手錠を買おう、と。
押入れには愛を確かめ切れなかった五人の彼が眠っている。
回路を立たれた彼らが動き出すことは二度と、ない。