無粋な質問だと思うけど。
聞いてみた。



俺とモスカ、どっちが好き?




[ おにぎり ]





 スパナさんは一秒で答えた。
「モスカ」
――やっぱり。聞くまでも無い。

 身を起こして、おそるおそる尋ねる。この、不可解かつ、不名誉な。
不快かつ無防備な状況に関する。理解可能な答えを、彼の口から。
聞かないと俺も逃げられない。自分をうまく、言いくるめられない。

「・・・じゃあ何で俺、縛られているんでしょうか?」
――手錠、外してもらえませんか?
「ダメ。逃げるから」
「・・・逃げたいんです。困っているんです」
「何故?」

――何故って?
 そりゃ、大切なラボに勝手にお邪魔したのは無礼だったと
思います。謝ります。でも、ラボに行って一週間出てこないから。
中で、行き倒れているんじゃないかと思って。持っていったんです。
おにぎり。スパナさん好きでしょう?海老マヨとツナマヨ。
いつも何でも、マヨネーズかけてますよね。


「・・・うん」
 彼は肝心な所では頷く。ただし、俺の質問には答えない。
「――それで、どうしてこうなっちゃうんでしょう?」
 おにぎりを差し入れに行った俺は、モスカの中で仮眠していた
スパナさんに、目が合った瞬間捕まった。いきなり手錠をかけられて
床にごろり・・・このままでは、見つかったとき獄寺君が卒倒してしまう。
もしリボーンだったら流血ものだ。俺は晩飯抜きになるかもしれない
(もしくはお尻ペンペンか)。


 曲がりなりにも(それだって失礼な表現だが)ボスなんだから
部下ひとりひとりに構っている時間は無いんだぞって、リボーンは俺に
諭していた。まして甘やかすなんて論外だって・・・それが、おにぎり
を持って行った挙句、捕まって手錠掛けられたなんて知れたら・・・
ガクガク。俺の膝が揺れる。心臓も何だかおかしい。

 俺は直感した。
 逃げ出さないとまずい。


 スパナさんはパソコンの画面から目を離さない。カタカタ、と
キーボードを叩いては、何事かに頷き、感心している。俺の存在など
すでに忘れ去られているかもしれない。

「あの、スパナさん」
「五月蝿い」
 振り向いて拳銃を向ける。マイペースなのに意外と短気だ。
「わーっ、撃たないで。お願い」
 マフィアのボスとは到底思えない、情けない台詞。
「大丈夫」
 彼が引き金を引くと、小さなプラスチック製の弾丸が俺の頬に
当たった。見た目は本物だけど、威嚇用の模造品だ。
「玩具だから」
「・・・」
――手錠に、模造品とは言え銃。
 事態はさらに悪化している。


「あの・・・スパナさん」
 スパナさんは胸のポケットから、手作りの飴を取り出すと
俺の前で封を破いた。
「飴食べる?」
 はい、あーん・・・じゃなくて。
「解いてください、手錠」
「それはダメ」
 スパナさんは俺の口の中に半ば強引に飴を突っ込んだ。


「逃げられると困る」


 困っているのは彼じゃなくて俺の方なんだけど、それでも
真顔で困る、と言われると俺も言い返せない。押しに弱いのだ。
縛られてさえいなければいいのに・・・。


「――逃げません、俺。だから・・・」
「じゃあずっと、そこにいて」
「・・・えぇ!?」


 再びスパナさんに背を向けられ、交渉は決裂する。
彼に好かれている、と仮定しても滅茶苦茶だ。


 だって彼のお気に入りは・・・


「スパナさんは、俺より・・モスカの方が好きなんですよね?」
「少なくとも、モスカは逃げない」
「・・・」
「逃げたいなら、逃げればいい。ハイパー化すればすぐ出来る」
「それは・・・」


 逃げ出したいんじゃなくて、本当は。
 スパナさんがモスカで寝ているときにほっ、とした自分の心情を
うまく、伝えたいだけなのに。


 せめて、手錠じゃない別のもので俺を、縛ってくれたら、と思うのだ。
 言葉でも、行為でも。スパナさんなら、何でもいいから。


 次々と変わるパソコンの画面を見つめながら、スパナさんが言う。
「モスカが完成したら、相手する」
「――どれくらい、かかりますか?」
「あと20分」
「待てません」
「時間は変えないのがポリシー」
「・・・知ってます」


 我が儘くらい言わせて欲しい。 窮屈な姿勢のままで、貴方を待つから。


 20分たったらご褒美に「ありがとう」の言葉を貰おう。


 モスカにだってこんなに、美味しいおにぎりは握れない。