猫を拾った。瞳も毛並みも真っ黒な、雄猫。
名前はリボーン。正確は俺様で生意気。短気で我侭。
気まぐれで噛み付くし俺の膝の上じゃないと眠れない。
そんな俺と彼が「恋仲」になって一ヶ月の、ある日。
猫のリボーンと綱吉シリーズ U
If there is love..?
一応、前置きしておくね?
俺の恋人、リボーンは「猫」なんだ。
猫は猫でも、ただの猫じゃない。
特別な「魔力」を持った猫又なんだって。
いきなり目の前で人間に変わった時は腰を抜かしたけれど。
猫又にとって、人間になるということはそう、難しいこと
でもないらしい(リボーンに言わせれば、いちいち服を
着ないとならないから面倒くさいのだと)。
それで・・なんでその・・俺とリボーンが・・
「何、ごにょごにょ言ってるんだ、馬鹿ツナ」
「痛ったー!、何も引っかくことないだろ?」
参考書を落としそうになり抗議すると、机の上で
丸くなっていたリボーン(猫サイズ)が、「にゃあ」と
のん気な声を出した。
「・・説明だよ、説明」
「何の?」
「だって、ほら・・びっくりするだろ?猫が人間になりました
とか、その猫と・・」
「恋仲になりましたとか?」
「・・・」
恥ずかしくなって頷くと、リボーンは机から降りるなり人間の姿に
なった(注:当然のごとく素っ裸である)。
「ちょっ、何するんだよりボーン、俺・・宿題」
「家庭教師は終わりだ、今日の分はな」
人間の姿のリボーンはその・・とても端正な顔立ちで背も高くて
――たぶん街をあるけば女の子から声をかけられるん
じゃないかってくらいかっこいい。
――だから、彼には敵わないのかも、しれない。
「・・てめぇは臨戦態勢の恋人を待たせるのか」
「り、臨戦って!」
自分から勝手に人間になって、裸のままで・・って
ちょっと――リボーン・・!
「ひ、引っ張るなよ・・俺・・!」
倒れこんだ先は、お約束のごとくベッドの上だった。
「うう・・」
「重いな、馬鹿ツナ」
「なっ、何言うんだよ、引っ張ったのお前だろ?」
俺の下敷きになったリボーンは肩を震わせながら
「寒い・・」
「服着ろ――っ!」
そんなことは日常茶飯事だった。彼は俺の家庭教師として
沢田家に居ついている(勿論人間の姿でだ)。
イタリアから来た留学生・・なんていう自己紹介を鵜呑みにした
母親は、リボーンの存在を疑う気配すらない。
俺達が何時間も自室に篭っていても「よく勉強してるのね」と
感心するほどだ。ここまで邪心がないと、自分の母親に尊敬の念を
抱きたくなる――俺だって、彼が人間になったときは全力で
夢だと思ったぐらいなのだ。
「夢じゃなくてよかっただろ」
「なっ・・!」
俺の服を脱がしながら、リボーンが首筋に唇を寄せる。
猫又の彼は「読心術」も心得ていて、俺の思うことが
声に出す前に分かるらしい。要は・・
「嫌よ嫌よも好きのうち・・ってな」
「そんなこと思ってないってば――!」
こんな感じだ。
「も、もうほんとに駄目だって、明日学校・・」
「休めばいいだろ?」
「そんな・・君とは違うんだから」
ふと、リボーンの手つきが止まった。彼は俺から身を離すと、
そばにあったシャツをテキパキと身につけ、真っ黒なスーツ姿になった。
――リボーンのスーツ姿・・かっこいいかも・・
なんて。いやいや、見とれている場合じゃない!
「ど、どうしたの、リボーン?」
「所用を思い出した。夕方には戻る」
「え、ちょっと・・待って」
「てめぇは大人しく勉強してろ」
「・・リボーン?」
無情にも閉まるドアの音。いきなり襲い掛かってきたり、
思いついたように出かけたり。
――気まぐれにもほどがあるよ・・本当に。
猫だから、と言われればそれで済んでしまうのかもしれない。
実際そうやって何度も、彼の我侭を受け入れてきた。リボーンのことを
好きか、と聞かれれば好きだ。それに変わりはないけれど・・。
俺にだって不安もある。
――俺達、このままどうなっちゃうのかな・・。
今は留学生としてそばにいられるし、母親も何の疑いも
持っていないからいいけれど・・
それが何年も続けばきっと「いつイタリアに帰るの?」なんて
言い出すに違いない――そうしたら、俺達はどうなるんだろう?
離れたどこかで――暮らすのだろうか?
漠然とした不安を抱えながら、窓の外の蒼い空を眺める。
約束通りリボーンは夕方には帰ってきて(けれど猫の姿だった)
のん気に俺の部屋で秋刀魚の塩焼きを食べていたけれど
――彼の本心を聞くことはどうしてもできなかった。
「沢田さん・・どうかしたんですか?」
「ちょっと元気ないよな、ツナ?」
「え、あ・・うん・・そうかな・・」
両サイドから声をかけられて、俺は曖昧に頷いた。
俺の右側に立っているのが、獄寺君。
正真正銘のイタリアからの帰国子女だ。
俺の左側に立っているのが、山本。
野球部のエースでクラスのムードメーカー。
二人とも、タイプは全然違うんだけど、すごく女の子にもてて、
人気があってかっこいい――俺の、自慢の親友だ。
自宅が近い・・ということもあり、俺達は毎日
三人で学校に通っている。
(本当はいつも俺が寝坊して遅刻してしまうので、
彼らが気を遣って迎えに来てくれるようになったのだ)
本当は、昨日のリボーンの行動が引っかかっている。
なぜならあれから、リボーンは人間の姿にならなかった。
人間になったらなったで、いろいろ大変なんだけど
――やっぱり、淋しい。リボーンは気位の高い猫だから
なかなか触らせてくれないし、俺の膝の上で丸くなるとすぐ
寝入ってしまう。だから本当は・・ずっと同じ姿でいて欲しい
とも思っている。それが俺の勝手なエゴだと知りながら。
表情の晴れない俺を気遣ったのか、獄寺君が
「そういえば、英語の教師・・やっぱり臨時が来る
みたいですよ」と言った。
「もうすぐ出産だもんな、俺結構楽しみにしてんだけど」
山本も微笑んだ。俺達の副担任でもある英語の教師がもうすぐ
産休に入ることはその大きなお腹からも予測していたが、
クラスメイトの関心はその臨時教師に注がれていた。
「そうだね・・!どんな先生なんだろ?」
リボーンのことを気にしていても仕方がない。
二人に心配をかけるだけだ――そう思った俺は彼らと、
先生のことや宿題のこと。昨日見たテレビの話をしながら
和気藹々と学校に向かった。
「今日から、英語は臨時の先生が担当します」
朝一番の担任の声に教室は沸きあがった。
男なんですか、女ですか・・なんてことを言い出す生徒もいる。
俺と獄寺君と山本も、顔を見合わせて笑った。
けれど、俺の期待はものの見事に
信じられない形で、打ち砕かれることになった。
「臨時教師の――リボーンです」
颯爽と登場した黒いスーツの男に、教室は騒然となった。
主に騒いでいるのは女の子達だ――そりゃ確かに、モデルみたいな
男が教師だと言い出したら、黄色い声の一つも上げた
くなるだろう。対照的に男子は「なんだヤローか」と
すでに明らかに興味を喪失した態度を示している。
「・・リ、リボーン・・!」
俺は彼が教室に入ってきて、すぐに絶叫した。
嘘・・・なんでリボーンが!
これも夢?
俺まだ寝てる・・?
「沢田さん・・落ち着いてください」
「大丈夫か? ツナ」
二人に制止され、ようやく我に返った俺は
リボーンと、彼を紹介した先生に謝って席についた。
俺のただならぬ様子(普段目立つことなんて何ひとつ無い
駄目ツナだから)に周りの生徒の注目が集まる・・う、気が重いかも・・。
「どーしてお前が、うちの学校の臨時教師になるんだよ・・!」
何とか残りの授業を受け、獄寺君と山本に心配されながら
帰宅した俺を待っていたのは、スーツを脱ぎシャツと
ジーンズに着替えたリボーン・・先生だった。
「なんでって・・試験に受かったからだろ?」
「――そういう問題じゃない・・」
彼の返答に肩を落とすと、リボーンはそんな俺を見透かすように笑って
「お前の生活を引っ掻き回すつもりはねぇよ」と言った。
「・・充分引っ掻き回されてると思うんだけど・・」
彼の堂々とした態度にうな垂れる俺に、リボーンは
猫のように両目を細めて言う。
「――お前の学生生活を、な」
「・・・」
ふと、肩に触れたリボーンの手。その力がそっと
俺をベッドに腰掛けさせる――俺はリボーンに抱きしめられた
形のまま、その腕の温かさに何も言えなくなってしまった。
「自惚れるんじゃねぇぞ・・?」
「――え?」
「俺にだってお前の不安が見抜けないわけじゃない。
ママンがいつまでこの同居を許してくれるか分からねぇ状況で、
自分の身の振りを考えられないほどガキでもねぇ」
大よそ猫の台詞とも思えない言葉にただ頷くしかない。
考えた事無かったけど――リボーンって幾つなんだっけ?
「百二十だ。あと倍は生きる」
「・・心、読むなよ」
「その方が早いだろ、馬鹿ツナ」
「そこまで・・馬鹿じゃないよ」
「――そうだな」
捉えられた視線に鼓動が高鳴る。
射るような真っ黒な瞳孔に心も、身体も囚われる。
こんな眼差しで見つめられたら――たとえ猫だと分かっていても・・
「俺に、惚れてるんだもんな」
「・・っ、言うな・・!」
「言わせてやってんだろ?」
飼い猫とした口付けは――今まで食べたどんな
アイスクリームよりも甘く、触れた唇が痺れて、
身体の奥までどうにかなってしまいそうだった。
「学校を卒業したら、この家を出よう」
そう、リボーンは言った。
――住む家の手配はあらかた済んでるし
教師をする限り路頭に迷う心配もない、と猫にしては
綿密な未来の設計図を立てながら。
――本当に、君って猫又なの・・?
思考回路についていくだけで精一杯の俺の
脳裏がそんな浅はかな祈りを抱く、朝のひととき。
前代未聞の、(元)猫の臨時教師の発表。
その次の日俺は、彼が―何から何まで人間なんだと知った。
人間同士じゃないと到底出来ないようなことを彼と致してしまったのだ。
「まぁ・・初めてが男っていうのも悪くないだろ・・?」
満足そうに俺の頬にキスをするリボーンに、何て答えたらよいのか。
――この場合問題にすべきなのは、俺の初めてが猫ってことでは・・?
「――猫だろうと人間だろうと、関係ないだろ?」
真後ろから抱きすくめられ――それが
彼の、最上の愛情表現だと知る。
くっ付いたまま離れない――まるで猫みたいに。
これは俺のものと、全身全霊で示しながら。
にやりと、唇の端を上げて。
この上なく、幸せそうに。
声にすることさえ勿体ぶりながら。
彼は俺に、魔法の言葉を囁くのだ。
抱きしめる両の手に、いっそうの力を込めて。
「――愛があれば、な?」
――ねぇ、リボーン。
そんなに掴まえなくたって。
俺はどこにも逃げないよ?