[ みそとうきびラーメン生姜抜き ]



「おっちゃん、いつもの二つ。生姜抜きで」
 と山本が言うと、あいよという掛け声のしばらく後
とうもろこしが山盛りに積まれたラーメンが二つ運ばれてきた。
 それが「みそとうきびラーメン」と呼ばれるこのお店の
名物であるのを知ったのは三ヶ月前。二人で初めてここに
足を運んでからだった。


「ここのみそとうきびは絶品なんだぜ」
 と山本は両目を細めた。彼は味噌で、俺は醤油だったんだけど
俺たちはいつのまにか二人で味噌ラーメンを食べるようになっていた。
 好きな人と一緒にいると、味覚まで変わるらしい。
「・・うん、甘くて美味しいね」
 とうもろこしの山を崩すと、中から温野菜がたくさんでてきた。
キャベツにモヤシ、人参に玉ねぎ・・あんまりたくさんの具が出てくるもの
だからなかなか麺にはたどり着けない。
 ふうふうと息を吐いてスープを覚ましていたら、それを満足そうに
眺めていた山本が、笑った。


「上手いだろ?」
「うん・・山本ってほんとラーメン好きだよね」
 俺がチャーシューをほうばりながら言うと、山本はカウンターに
両肘をついて答えた。


「そりゃ・・ツナがラーメン好きだからに決まってるじゃん」
「・・え?」


「新入してきた時に自己紹介で言ってただろ?
好きな食べ物はラーメン、って」
「ええ?そんなこと言った?」


 俺がすっとんきょうな声を上げると、山本はついていた肘を
離して答えた。


「うん、だからずっと美味しいラーメン屋さん探して
たんだ。いつか、ツナと二人で行こうと思って」


 あまりにも彼がにこにこしていうのだから、俺は
半分信じそうになっていた。・・新入って並盛中に入ったとき
だよね?今から五年も前のこと、どうしてそんなに鮮明に覚えて
いられるんだろう・・


「気をつけなよ、美味しいラーメン食べに行こうなんて
最高のくどき文句だからな」


 いきなりカウンターの向こうのおじさんに口を挟まれ、俺は箸を置いて
二人を代わる代わる見た。にこにこした山本と、口の端を
挙げて笑うねじり鉢巻のおじさん・・


もしかして――・・騙されてる?




 ラーメンを食べ終えて外に出ると、一番星がキラキラと軒の真上で
光っていた。いつのまにか日の暮れるのも早い――季節は確実に
夏の終わりを迎えていた。


「・・ね、山本さっきのラーメンの話だけど」
「んー?」
 手をつなぎながら歩くと、右側にいた山本がくるりと
振り向いた。暗がりで表情は分からないけど、気配は
陽気な感じだった。


「俺・・ほんとは何て言ったの?好きな・・食べ物」


 五年前、桜の舞い落ちる校庭を眺めながら確かに俺たちは
ひとりひとり自己紹介をした。その時、好きな食べ物も
答えたはずだった。


「・・ラーメンって答えたよ、ツナは」
「そう・・だっけ?」
 どこか引っかかる――確かにラーメンは今も昔も好きだけど・・


「うん、だからどっちも上手いもん食わせてやりてーの!」
「わっ!ちょっと・・山本・・」


 いきなり肩を抱かれて、ひっくり返りそうになったけれど
反った俺の背中を彼はしっかりと元に戻してくれて・・
正面を見ると目の前に山本の笑顔があった。


 それから星空の下で、俺たちはキスをした。
離した唇は味噌の味がして・・ちょっと甘かった。


 五年前俺と彼が出会った教室で、俺はなんて答えたんだろう。
その肝心なところが思い出せない――けれど山本はずっと
嬉しそうで。


 ねぇ山本・・今度みそとうきびラーメン食べたら
答えを、教えてね?


――何だか、すごく大切なことを、忘れちゃってる気が
するんだ・・



『好きなもの・・うーん、美味しいラーメンとそれから
お寿司かな?月並みだと・・思うけど』




――それは、月並みな『一目ぼれ』