超直感
南イタリア出身の、訛りの強い新入りを紹介すると、獄寺は彼に一言、これから
仕えるボスに挨拶するように告げた。男は通り一遍の社交辞令を並べ、ボスに
恭しくも握手を申し出た。獄寺が制したが、綱吉は珍しく断らなかった。振りまき
過ぎとも言える愛嬌に、リボーンも眉をひそめた。
男は尊敬する十代目と深々と握手をすると、感激して謝辞を述べ執務室を後にした。
獄寺も別件で退室した。沈黙の流れる部屋に、家庭教師と教え子が取り残された。
「随分サービス旺盛だな」
リボーンの言葉は若干呆れ気味だった。ボスは軽々しく部下と握手してはならない
――ボスは神格化されるべきだ。彼は常々そう思っている。
しかし綱吉の返事は彼の想像をはるかに超えたものだった。
「餞別だよ――この世界とのね」
「・・どういう意味だ?」
リボーンが尋ねた瞬間、車の急ブレーキとそれが何かにぶつかる音が、窓の外で響いた。
事故らしい。彼が外を眺めるとボンゴレ本部の丁度入り口の電柱に、真新しいベンツが
突っ込んでいた。もう使い物にならないな、が最初の感想だった。
「残念だよ。将来有望な男だったのに」
綱吉は席を立たずに、淡々と書類に判を押していた。大破したベンツの周りには
人垣が、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。誰かが、電柱とベンツの間に
挟まれたのだ。リボーンは眼を凝らした。ベンツの下から伸びる足は――それが
見間違いでないなら、先ほど執務室を出たばかりの新入りの男のものだった。
冷や汗をリボーンの背筋が駆け下りていく。
「・・知っていたのか?」
「轢いた車の車種までね」
原因は運転手のわき見運転。可哀想だけど即死だ。二人とも助からない。
綱吉の言葉にリボーンはもう一度現場を見た。ベンツの運転席の窓から飛び出した腕が、
彼の意識がすでに無いことを物語っている。リボーンは自分の腕が、恐怖に震え出すのを
感じていた。ボスは、新入りが事故死することを知っていた。だから、彼の望みを叶えたのだ。
小刻みに振動する右腕を押さえて、リボーンは尋ねた。
「・・いつからだ?」
「はっきり見えるようになったのは・・二年位前」
最初は予感だったんだけど、それから夢に繰り返し見るようになった。
それが予兆なんだと気づいた瞬間、鮮明な映像として見えるようになったと、綱吉は言った。
「どうして言わなかった?」
「・・言ったら、信じてくれた?」
男は頸を振った。そんな非科学的なこと、証拠も無いのに信じられない。
否、証拠は今目の前に提示されている。綱吉は、眼に映るもの全ての死期を知っている。
「――俺もか?」
リボーンの声は珍しく、上ずっていた。聞くまでも無いことだったが、
思わず口に出てしまった。本能的に、呟いてしまったのだ。
「知ってるよ・・でも、大丈夫。いつ見ても、君の未来は真っ黒だから」
「・・真っ黒?」
教え子の明瞭な回答に家庭教師は頸を傾げる。綱吉は手を止め、振り向いて微笑んだ。
屈託の無い笑顔にリボーンは、彼の眼が嘘を付いていないことを知る。
「――だから君の、そばにいるんじゃない」
リボーンの呼吸は止まり、時間さえ止まっているような錯覚に彼は陥った。
真っ黒な未来とは何なのだろう? その文字通りの闇なのか、それとも綱吉に
さえも見せられないような末期なのか。リボーンは低く喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
聞けない。聞けるわけが無い。
綱吉は天使のような微笑みを浮かべて――彼を見つめ続けている。