愛について





 銀色の髪はいつ見上げても美しかった。
 獄寺君は俺を見下ろしたまま、謝罪の言葉を口にした。
 俺は聞こえない振りをして、彼を抱き寄せた。慰めあうより。愛したい夜もある。
 獄寺君と俺が出会ったのは、何時のことだったのだろう。
 二十歳を過ぎた今となってはもう、きっかけさえ思い出せない。
 ただ一つ言えるのは、いつのまにか獄寺君が当たり前のように俺の、そばにいて。
 そしてあんなに彼に恐怖心を抱いていた俺が、何故かもう、彼無しではいられない
ほどその存在に安堵している、ということ。

――俺いつのまに獄寺君のこと、好きになっていたのかな。

 あんなに怯えていたのに。
 右腕って言う度全力で否定していたのに。
 共に過ごす日々が積もり、やがて信頼と友情と、熱情を――生んだ。

「・・十代目?」
 抱きしめられたままで居てくれるのは彼が、優しいからである。
二人で抱き合ってベッドに沈んでも。獄寺君はけして、無理なことは俺にしない。
むしろこちらが恥ずかしくなるくらい、慎重にお伺いを立てる。
「――ずっと朝までこうしていたいね」
「幸せです、十代目」
 獄寺君の声が泣きそうになる。時々俺は思うんだ――君が戦場で見せる修羅を
ベッドでは何所に置き忘れてくるのだろうって。君は、律せないほどの欲情とか、
若さゆえの過ちとか――そういうのは持ち合わせていないの?

 幸せ。言葉にしてしまえば短いもの。それを感じられるまで十年かかった。
抱きしめあうだけで良いなんて――

「あ・・の・・十代目」
「うん?」
「キス――してもいいですか?」
「・・いいよ」
「・・・」
「――どうしたの?」

 許可を出したわりに遅い初動に、俺は少しじれったくなって眼を開けた。
面した獄寺君は、額に汗を浮かべていた。

「・・スミマセン、俺。止まらなく・・なりそうで」

 真剣な獄寺君の表情とか裏腹に、俺はこみ上げてくるものを
どうしても押さえられなくて噴き出してしまった。

「・・っ、・・ははは・・って、ごめんね」
 笑われた、と思ったのだろう。獄寺君はしょんぼりと、俺から身体を離した。

「あ、違うんだ獄寺君・・そういう意味じゃなくて」
「・・十代目?」
「獄寺君も、我慢できなくなる時ってあるんだなーって・・何だか安心した」
「じゅ・・っ、十代目っ!」

 思い切り抱きつかれて、そのままベッドに沈み込む。
 白いマットレスだって、抱き合ったり離れたりする俺達に
半ば呆れているだろう。確認ばかりで。
俺達はいつも、キスをするまで何度も――同じ場所を巡る。



「・・ん・・」 
 触れた唇をなぞり、舌を絡ます。
 獄寺君が照れるから言わないけど、彼はとてもキスが上手だ。

「・・獄寺く・・ん・・」
「――っ!」
「・・獄寺君?」

 よく分からないスけど、と前置きして彼は。涙を浮かべた蒼い眼を細めて笑った。

「いっぱいいっぱいで苦しいです、十代目」
「・・・」
「でも嬉しくて、けど、俺はこうすることしか出来なくて」
 と、彼は言った。切なさに眦を紅く染めて。
彼を落ち着かせる方法を俺は幾つも知っていた。だけど、わざと――


「・・俺は、獄寺君なら何されても・・いいよ」


 飛びついてきた彼の、震える銀の髪を撫でる。
それは俺の首の辺りを舞い、やがてゆっくりと口付けが始まった。
今度こそ、彼が何一つ躊躇しないよう胸の奥で祈る。

「・・っ・・あ・・獄寺君・・」


 君にしか出来ないことがあるんだ。
 それが俺をここまで引き上げてくれた。
俺をイタリアに呼んでくれた――だから。君がどんなに真っ赤な顔で迫っても、
真っ青な顔で謝っても。俺は、君となら何でもいい。
男同士とか立場とかはベッドの下に置いてきていいから。

「・・も・・いいですか・・十代目・・」

 苦しそうな声が銀の髪の下から響く。
俺はありったけの力で彼の汗ばんだ背中を抱き寄せ「いつでもいいよ」と囁いた。
そんなこと。聞かなくて済むくらい重ねてきたはずなのに。

 何かが俺の涙腺を圧迫する。獄寺君が申し訳なさそうに、スミマセン、と
囁きながら腰を進める。額に張り付いた銀の髪の下の、泣きそうな彼の瞳の蒼が切なく揺れた。


「・・獄寺君」
「すみません、俺・・その・・」
「何で・・泣くの?」
「分かりません・・女々しいっスね、俺」
「そんなこと・・ないよ」

 きっと君はまだ――確かめたいんだと思う。
 愛しているか。愛されているか。こんな夜更けになっても。

「――大丈夫」


 君としか出来ないことがあるんだ。
 それが俺を救ってくれたことにまだ、君は気づかないでいる。


「・・いいよ・・好きにして」
「・・っ、十代目」


 渋すぎるっス、と呟いた彼の動きに迷いは無かった。
 寄せては返す波のような彼の熱が俺の下腹部を翻弄する。

「っ・・は・・獄寺・・くん・・っ・・あ!」

「・・十代目・・イイっ・・すか?」

 震える声にただ首を、縦に振る。
 声を絞り出す余裕は無くても。

 何度、確かめてもいいよ、俺は。
 ずっと、君のそばにいるから。