俺が死んだときは彼を呼んでください






[ 口唇 ]






 急患の知らせが入ったときは午前二時を過ぎていた。
男は診ねぇよ、と言った医者は患者の名前を聞くなり
飲んでいたウイスキーを投げて走り出した。
 撃たれたのは10年来の付き合いマフィアのボスだった。


 現場に駆けつけたとき医者はすぐに気づいた。必要なのは
救命じゃない、葬儀屋だと。流れ出た血を綺麗に洗い流しながら
部下は丁寧にお辞儀をした。自分の名前を出せば来てくれるからと
懇願されたという。シャマルは舌打ちした。
――死ぬ間際に、余計なこと喋んな。
 少しでも踏ん張って、救急車が来るまで黙っていろよ。
 腕にかけていた白衣を着る。どんな時でも患者と会うときは
医者なのだ。アスファルトに横たわる体に近づき、脈を診る。
先週自分が、そうしたように。


 静脈の動きはない。彼は既に事切れていた。
 死に化粧など施す必要がない綺麗な寝顔。生まれたばかりの
人形のような。
 彼は懐からハンカチを取り出すと、その表面に白い布をかけた。


死後硬直を起こしている額を軽く弾く。まだ、温かい。
心臓を一瞬で貫かれている、相手はプロだろう。なんの苦しみもなく逝けたはずだ。
見送る上でそれが救いだった。


 シャマルは微笑んだ。こんな時だからこそ、悲しんではならない。
修羅の道を最期まで生き抜いた男を、見届けてやらなくてはならない。


 命の幕引きを指名されたのが自分ならば。


――なぁ坊主・・


 もう一度、彼の耳元に近づく。先週かじった耳たぶにはまだ
歯型が残っている。




「――愛してるって・・言ってみな?」




 シャマルはわらって、返事のない唇に口付けた。
シルク越しに触れたのに、燃えるように温かかった。