恋を、するなら。
ジュース飲む、と聞かれて頷くとしばらくして
透明な液体が二つ、グラスに入って出てきた。
「ごめんね・・宿題まで手伝ってもらって」
申し訳なさそうな綱吉の声に、山本は笑顔でグラスを
受け取った。それは薄桃色でいかにも甘そうだった。
「二人でやった方が二倍進むし。
俺も・・わかんないところあったしさ。」
ツナん家に来て助かったよ、と山本が肩をすくめると
綱吉はつられて笑った。
その気さくさと屈託の無さが好きだった。
「・・これからどうする?」
英語の教科書を閉じた綱吉が尋ねると、
ジュースを口に含んで山本が首をかしげた。
「・・ツナ、これさ」
「――え?」
ちょっと飲んでみて、と言われて彼もそれを飲み込む。
喉が渇いていたのかジュースはさらりと咽頭を抜けて行った。
胃に落ちた瞬間、それがジュースで無いと、すぐに分かった。
「・・山本、これ・・」
――もしかして、お酒?
そう綱吉が言った瞬間、彼はぐらりと傾いた。
山本が慌てて綱吉を支える。後ろから抱きかかえるような
形になって山本は焦った。潤んだ綱吉の眼が自分を誘うように
何度かまばたきをしたからだった。
二人とも、風呂上りのように真っ赤になっていた。
「父さん・・イタリアのジュースだって・・言ったのに」
はは、と山本は笑った。綱吉の差し入れは彼の父親が
持参したワインだったのだ。
「・・何だか・・熱い」
綱吉が額に手を当てると、山本が「俺も」と言った。
「お酒・・飲んだからかな」
うわごとのように言う綱吉を抱き起こすと、山本は彼の体を
自分にもたれるように座らせた。離すとそのまま倒れ込んで
しまいそうだったのだ。
栗色の髪が鼻先に触れて山本は自分がお酒とは別の
何かに酔っていることに気づいた。
それが初めてで無い事を彼は知っていた。
ずっと、こうしたいと思っていた。
「・・たぶん・・俺も」
酔ってる、と山本は言った。吸いつけられるように彼の唇は
綱吉のそれを捕らえた。初めは触れるだけ、やがて近づき舌を。
生暖かいものが触れた時綱吉はそれが何か分からなかった。
柔らかくて優しいそれは、まるで自分を天国にいるような気分にさせた。
先程まで宿題を解いていた同級生が、自分に口付けるなど思いもよらなかったのだ。
「・・ん・・ふぅ・・」
綱吉の唇から唾液が零れて、山本は我に帰った。
慌てて彼の体を離し、ベッドに横たえる。
――今、何をした?
そう自問自答し、思い出した瞬間顔が爆発しそうになった。
片思いだったクラスメイトにキスをしたのだ。
しかも酔って前後不覚に陥ったところを。
「・・山本?」
声をかけられて現実に戻る。山本は立ち上がると「水持ってくる」と言った。
相手より、自分を冷ますほうが先決だった。
階段を駆け下りる間も山本の心臓は早鐘を打っていた。初めて触れた唇は
思いのほか温かく、夢中で触れた舌はどんな果物よりも甘かった。
――俺・・最低だ。
そんな思いを抱いて部屋に戻った頃には、
綱吉はすっかりベッドの上で丸くなり寝息をたてていた。
「手当てまでしてもらってごめんね」
「・・・」
すっきりとした様子の綱吉とは最終的に山本の表情は晴れなかった。
「山本・・どうしたの?」
「・・っ、いや。別に」
山本は頭をかいて「また明日、学校でな」と言った。
二人が向き合う玄関はすでに夕焼け色が落ちている。
「今日はありがとう。山本がいてくれて助かった」
「――ツナ、俺・・」
いいかけて山本は口をつぐんだ。事実を伝えて、彼に嫌われるのが怖かった。
綱吉は山本をのぞきこむと「何だか変なの」と笑った。
「・・山本も酔っ払っちゃった?」
「はは、たぶんな」
山本が歯を見せると、綱吉が安心したように言った。
「俺も・・酔ってたから」
「うん・・」
「――だから、気にしなくていいよ」
「・・ツナ?」
顔を上げると綱吉の背中が目の前にあった。
山本の返事を待たずにドアが閉まる。慌てて伸ばした
手を止めると、山本はしばらくしてから彼の家を後にした。
忘れよう、と彼は思った。触れた時感じた体の奥の衝動も、
過ちを犯した瞬間の胸の高揚も。それはこれ以上、増幅させてはならないものだった。
彼と友達であり続けたいのなら。
ばたん、とドアが閉まると綱吉はそのままその場に座り込んだ。
酔いが回り、彼にもたれたところまでは覚えている。
それから何をされたか記憶にない。でも。
自分を抱きしめた温かい腕、触れたぬくもり。
確かめる術は無いけれどあれは確かにキスだった。
綱吉は首を振り、山本に限ってそんなことはない、と
言い聞かせて両手を組んだ。腕の間に顔をうずめる。
彼に倒れ込んだとき、彼の肩に頭を乗せたとき。
このまま時間が止まればいいと浅はかな自分の理性は祈った。
友達でいたいなんて臆病者の強がり。
それは確かに禁断の
けれど本気の恋だった。