[ 恋人宣言 ]




 闇の混じった空気が少し冷えてきて、
太陽が随分早く沈むようになった黄昏時。
 いつもの様に部活が終わるまで彼を校門の前で
待っていると、
「わりーツナ・・捕まっちまった」
 手のひらをまっすぐに伸ばして顔の前で立てた
山本が大きなスポーツバッグを揺らして駆け込んできた。
「ごめんな、だいぶ待っただろ?」
「ううん・・今来たとこ」
 それは嘘だったけれど、彼を待ちながら眺める夕陽が好きな
俺はその間を流れていく時間なんて気にならなかった。
――大きく空に広がる太陽はまるで、今目の前にいる大好きなひとに
とてもよく似ていて・・その光に照らされて彼を待っているとまるで
彼に――包み込まれているような気分になるのだ。


「・・それ、貰ったの?」
 彼が小脇に抱えたピンク色の紙袋に視線をやると、彼は
鼻の頭をぽりぽりと掻きながら答えた。
「あー・・これ?いらないって、断ったんだけど・・」
 受け取ってくれるだけでいい、と懇願されて付き返すことが
できなかったらしい。それさえも、彼らしいなと思ったのだけど。
・・山本は、優しいから好意を踏みにじることなんてできないと
俺は思うのだ。
「・・けっこう困るんだよな・・誤解されるとまずいし」
 袋の中の――おそらくは手作りのお菓子か何かを確かめながら
彼が言うと
「・・でも、そういうのあげる気持ち・・俺、なんとなく分かるよ?」
 差し入れを渡せる気持ちがちょっと羨ましくて、俺は背を向けて言葉を
続けた。やきもちを――焼いていたのかもしれない。


 それはほんとに些細な言葉だった。
 俺が女の子だったら、グラウンドに押しかけてフェンスにかじりついて
揃いの鉢巻をつけて彼の応援に回っていたかもしれない。
 俺がもっと運動神経がよかったら、彼と同じチームで流す汗だけで
満足できたのかもしれないけれど・・


 俺はどちらも持ち合わせていないから、この思いを告げることも
チームメイトとして傍にいることさえも出来なくて・・応援にいくことさえ
彼のファンに気が引けて出来なくて、結局石造りの校門でただ彼を
待ち伏せている。
 せめて下校時の彼とうまく鉢合わせますように・・
それは、ささやかな願いだったのだ。


ただ、そばに・・居られればいい。


「・・ツナのだったら、絶対断わらねーよ」


 強く確かな声が響いたのはそう祈った直後だった。
振り返ると真後ろに山本の身体があって、彼よりひとまわり
背が低い俺は・・そのシャツの合わせ目にすっぽりと収まって
しまった。こんなに至近距離にいたのに・・気が付かなかったのだ。
 気づいたら山本の腕がぎゅっ、と俺の肩を抱いていて
・・正直俺は、焦った。まだ校門の前なのだ。部活の終わった後でも
下校する生徒がまばらにいた。


「・・ちょっと、山本・・」


 離して、と言おうとした瞬間。


「・・だから今度は、部室の前で待ってて?」


――そしたら誰にも捕まらずに、ツナとだけ話せるから、さ。


 そう囁くと、山本はふっと俺の肩を離した。真剣な眼差しだったのに
逆光になった表情は眩しいくらいの笑顔だった。


「・・ついでにここで、恋人宣言でもしとく?」


 彼の言葉に声を上げそうになって、口を開けると示し合わせたように
彼の笑顔が近づいてきた――まわりで、悲鳴が上がったみたいだったけど
もうそんなこと気にしてられなかった。



 夕焼け色の優しいキスと触れた後の彼の微笑みに、何もかも溶けてしまった。