恋ひ恋ひて
些細な口論は、いつものことだった。
「別に良いじゃない、減るもんじゃないし!」
「うるせーな、あんまりがたがた言うと襲うぞ」
「いいよ別に。リボーンが好きって言ってくれるまで離してあげない!」
「・・・」
リボーンはげんなり、といった表情で俺を見た。
馬鹿じゃねぇのか、と黒い冷ややかな視線が無言で
告げるが俺はひるまない。ここで食い下がるとまた元の木阿弥だからだ。
「・・なんで、そんなにこだわるんだ」
「・・俺だけ、リボーンのこと好きなの・・何だかずるい」
「どうしてお前だけなんだよ」
「――俺は、君以外愛人はいないよ」
彼は押し黙った。痛いところを突かれたらしい。
知っているよ、と俺はだめ押しした。詰め寄るのは
フェアじゃないことは承知だ。君をうんといわせることは
いつも色仕掛けで命がけだった。そんな不毛な恋を十年、繰り返してきた。
「・・仕方ないさ。あれはビジネスだ」
「これは命令だよ」
「随分な職権乱用だな」
リボーンはふっと笑うと、つかつかと俺に近づき、
壁と自分の間に俺を閉じ込めた。予想していなかった俺は、
思わず身構えてしまった。おそらくは赤面しているであろう
俺の顔を見て、リボーンはくくっと声を殺して笑った。
明らかに人をこけにする笑いだ。
「・・腰、引けてるぞ」
「そ、それはリボーンが」
「――俺が、なんだ?」
――いきなり、キスなんてするから・・
顎を掴まれて、舌を入れられた。歯の列をなぞられ
口腔を嘗め回される。どちらでもない唾液を飲み込んだ後
「・・ちったは落ち着いたか」
と彼は言った。表情には余裕が明らかに浮かんでいる。
「・・だって、あんなに約束してたのに」
二人で過ごす半年ぶりのバカンスが無粋な一件のメールで
ご破算になってしまったのだ。俺は枕を投げて彼に抗議した。
俺と仕事どっちが好きなの、なんていまどき
OLでも言わなさそうなことを彼に問い詰めた。
――ねぇ俺のこと、好きだって・・言って?
それがことの発端だった。涙目で文句を言う俺の
わがままに蓋をして彼は「・・俺だって寂しいんだ」と言った。
そんなの口からでまかせだと分かっていても、
俺は表情が緩んでしまう。リボーンの言葉ひとつで
すぐ元気になる俺は、呆れるほどに単純だった。
信じてはいけない、ここで頷いたら彼の思うまま・・
なのに。必死にいさめても俺は、彼に抱きついてしまう。
「好きで仕事に行くわけじゃない」
嘘だ、絶対に嘘。そんなの俺のご機嫌を取るための
「・・だから泣くなって・・馬鹿ツナ」
馬鹿は余計だよ。
「・・早く帰ってきてね」
「ああ」
リボーンは俺の背中をぽんぽん、と叩いて
部屋を出て行った。こんなにどきどきさせて
置いてきぼりなんて、信じられない。
俺はベッドに横になると、彼の余韻が残る唇を
指先でなぞった。火照った身体が理性のたがを外し、
俺の中で暴れだしてしまいそうだった。
翌日の朝戻ってきたリボーンは、俺を見るなり
頬をぺちぺちと叩いた。
「布団もかぶらず、不貞寝するやつがあるか」
風邪でも引いたらどうするんだ、と強引に俺を起こす。
「痛た・・もう、少しは優しく起こしてよ」
「俺に優しさを求めるのは無理な話だ」
「はいはい」
寝ぼけて俺は彼に抱きついた。恨み節を並べた
まま寝付いたため足りなかったのだ。彼の背中を
強引に枕にしたら、リボーンは嫌そうな視線を
俺に送った。気づかない振りをして二度寝する。
「・・ったく」
リボーンは舌打ちして俺に膝の上を明け渡す。
「・・おかえり」
「なんだ、起きてたのか」
「寝ないで待ってたよ」
「俺が帰ったときは寝てたぞ」
「君が帰ってきてから寝たの」
やれやれ、と彼は息を吐く。不毛な会話さえ楽しい。
半強制的に枕にされた彼は、なだめるように俺の髪をすいた。
優しくするときは、下心か弁解がある時だった。
「・・また、仕事なの?」
こうして朝の甘い一時をかみしめているというのに?
「休み取れたら死ぬ程いちゃいちゃしてやるよ」
「えーっ」
だいだい君に暇なんて、何年先を予約すればいいの?
「そんなの今じゃなきゃ、嫌」
「・・お前なぁ」
困ったリボーンの顔が好き、なんて言ったら
彼はなんというのだろう。わがままと一笑して
この部屋を去ってしまうのだろうか。
「せっかく、お前の好きなナポリに連れて行ってやろうと
思ってたのに」
彼が大きくため息をつくとそれを聞くなり俺は飛び起きた。
「・・ほんと?」
「・・都合のいいときだけよく聞こえるんだな」
「じゃあ、今度は青い海の見えるテラスで
いっぱいご奉仕して・・飽きるくらいに!」
「・・・」
呆れたリボーンにはもう、返す気力も無いらしい。
俺は無言で額に手をあてるリボーンに勢い良く
抱きついた。諦めを浮かべる美しい顔に、
ため息しか出ない柔らかい唇に、口付けて。
渡すつもりなんて、無いよ。
君がうんざりするほど、愛してあげる、
だって好きでたまらないんだ。
ねぇリボーン、君のせいなんだよ。
これは君の熱心な教育の、愛の賜物なんだから。
「楽しみにしてるからね・・!」
「・・OKボス、覚悟しとけ」
ただし・・と彼は付け加える。
触れた唇を舐めて舌で押し開き、内部を
なぞってから。熱く交わした行為の名残を、髣髴とさせるように。
こういう時の彼の挑むような熱い眼が俺は、死ぬほど好きだ。
「俺は、責任取れないぞ?」
「・・知ってる」
だから・・一生君を呆れさせて?
君がいなきゃ
明日もそのまた明後日も何一つ意味を成さない。
未来に愛を囁かなくていいから
今この瞬間に、愛していると言って。
神様も呆れるくらい君を、好きだと言わせてよ。