[ 消せない記憶 ]




 真っ黒なスーツに身を包んだ男がこの世を
去ってから、ツナは部屋に明かりをつけなくなった。

 彼の活動時間は、日の昇る間に限られた。日が落ちると
ツナはベッドに潜り込んだままとうとうと朝を待った。

起きてはいたものの何か思案にふける訳でもなく、彼は
布団を頭からかぶるとひとしきり眼を瞑って闇をやり過ごした。
天井の蛍光灯は、既に電球が取り外されていた。


「10代目、お邪魔します・・」


 日が落ちてからの執務室への訪問は禁忌とされていたが
ツナとは昔なじみでもある彼は、特別に部屋に入ることを
認知されていた。非常に急を要する案件がある場合に限って。


「どうしたの?」

廊下の明かりが照らす室内に一歩足を進めると、獄寺は先日交わした
契約の書類を持って膝まずいた。ドアの正面は書斎で、その右側にはツナが
寝るベッドが置いてあった。ツナは、向かいのソファーに足を投げ出して
座っていた。まだベッドに寝るにも早い時間だった。

 書類にサインをお願いします、と彼が言うと闇の中のツナの気配が
頷いた。羽ペンを小さな青白い手に渡すと、彼は暗闇の中で器用に己の
名を綴った。受け取ったペンを懐に仕舞うと、獄寺は書類を一通り眺めて
頷いた。また一つ、新参のマフィアがボンゴレの傘下に入ったのだ。

 ありがとうございます、と言い一礼をした彼に、ツナは思い出した
ように言った。

「・・彼の残した仕事だったね。この合併は」

 ツナの差す人物がありありと脳裏に浮かび上がり、獄寺は苦々しさと
切なさを足して二で割ったような表情をした。ツナの口から彼の話を聞く
ことは、いつでも自分の心臓をぎゅうぎゅうと締め付ける。彼がこの世の
ものでは無くなった今も、それは変わらない。


「・・俺に出来ることは何もないんですか?」


 そう言った彼の表情に哀しみと痛みが滲んでいたことに、ツナは
気づいていたか。


「慰めてくれるの?それとも・・彼みたいに優しく
抱いてくれる?」


 歌うような返事は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
けして――君のものにはなれない、と。


「貴方の望むままに」


 彼はそう答えると、暗がりを膝立ちで歩きツナににじりよった。
ソファーにもたれた細い身体は、半分闇に溶けているようだった。

近寄った彼が、そっとキスをするとツナは、唇をゆっくりと離してから
眦を滲ませて呟いた。


「いつも彼が遅くなる日は、ランプをつけて待ってたんだ。
ランプが切れたら先に寝るって――」


 ツナの言葉を遮るかのように、獄寺はもう一度・・さっきよりも
深く唇を重なり合わせた。

 目の前の最愛の人の記憶から、凶弾に沈んだ人物をかき消すことはできなくても
彼がその名を呼ぶ前に――闇より深く彼を、自分だけで満たしたかった。