何故、とか
どうして、とか
無粋なこと聞くなよ。
皆、あいつに夢中なんだ。
――俺には、関係ねぇけど、な。




可愛いにも程がある。




 長引いた会議を終え、疲れを引きずりながら
執務室のドアを開ける――そこで待っていたのは
満面の笑みのボス――ではない。
 彼が最も「彼に」会わせたくない、と思っている
男達だった。


「あ、リボーン!おかえり〜」
「・・何やってんだお前ら」
のん気な顔で迎えるボスが触れているのは
あろうことか――マーモンだった。
「勝手に人の頬に触るな」
「だってマーモンのほっぺ、ましゅまろみたい
なんだもん」
 ぷにぷに、と部下でもない男の頬を触るボス。
 まんざらでも無さそうな様子の守銭奴が
「一触り百円だからね」
 と桃色の頬を膨らませる。明らかに照れている。
「――金取るくらいなら触らせるな」
 もとい――俺以外の男には触れるな、と言いたい
リボーンであるが・・・。

「そんなことでいちいち目くじら立てるなよ、コラ」

 ソファーに座っていたコロネロの一言により踏み
留まる――確かに、男の嫉妬は醜い。

「何故てめぇが此処にいる?」

 元来自分とボスしか入ることを許されない執務室
――ボンゴレにとってもっとも神聖な場所に――
「招かねざる客」が二人もいる。その状況だけでも
充分・・リボーンの声は不機嫌だった。

「俺はお呼ばれしたんだぜ、コラ」

「客人の癖にでかい面だな」

 リボーンとコロネロの間に走る見えない火花・・・。
 ツナには見えていないがマーモンには嗅ぎ取れたのだろう
彼は肩をすくめて震え上がった。
「・・・どうしたのマーモン、真っ青だよ」
「な、何でも無いよ・・・」
 リボーンを怒らせたくは無いが、かといってツナの隣も
離れがたい――マーモンの苦悩は続く。

「マーモンは経理で、コロネロは武器の在庫の件で俺が呼んだんだよ。
丁度暇してたみたいだから・・・」
 よかった、とのんびり話すツナにリボーンは舌打ちした。
 自分なら――間違ってもこの二人は呼ばない。
 彼らは皆、一様にボスに近づきすぎる――そして居座る。
 しかも――このとぼけたボスは何故か・・

――アルコバレーノに異常に甘い。

「あと・・スカルも――」
「ただいま、到着しました」
 ツナが告げるか告げないかの内に、ヘルメットを付けた
ままのスカルが駆け込んできた。両手にクリーム色の箱を
抱えている。十年経っても――パシリにされているらしい。

「ありがとうスカル・・・ごめんね。わざわざ買いに行かせ
ちゃって」
「い、いえいえ・・・」
 ツナに謝られて悪い気はしないのか、スカルは大きく首を
横に振った。

「じゃあ、ゆっくりしてってよ。紅茶も丁度、入れたから」

 ありがとうございます――と、言おうとしたスカルは
自分を見つめるリボーンとコロネロの視線に下を向いた。
このままボスと話し続けると――後で殺されそうな視線だ。
 スカルは手を洗ってきます、と踵を返した。この部屋を
包む不穏な空気に耐えられる自信が己には無い。

 スカルが大事そうに持ってきた紙の箱を開きながら
ツナは「美味しそうでしょ?」と言った。

「何だこれは?」
「ハニー・スィート・ドーナツだよ。知らないの?」

 ミラノに新店舗をオープンさせたドーナツ店である。
クリームやフルーツをふんだんに使ったドーナツには定評が
あり――スカルは二時間並んで全員のドーナツを買ってきたのだ。

「・・・知ってるさ。俺が聞きたいのは――」
 切れそうなリボーンの声をツナが遮った。
「あ!スカル。一番に食べたいの選んでいいよ。君が
並んでくれたんだもんね」
「俺は苺クリームが食べたいぞ、コラ」
「コロネロは苺ね・・・マーモンはどうする?」
 マンゴーもいいけど、夏のお勧めはメロンなんだって
――と続けるツナの隣で、ちゃっかりマーモンもドーナツを
選んでいた。
「僕はオレンジかな」
「あ、美味しそうだよね〜」
 どれにしようかな〜と色とりどりのドーナツを眺めるツナ・・・
に見とれている場合じゃない、とリボーンは思った。実質そうだった
けれど。
――こいつのペースは乗らないからな。

 二人だけの場所に三人のアルコバレーノ。同類であるが故に張り合って
しまうのだ――例えそれぞれが唯一無二の存在であったとしても。それに
皆――大好物はドーナツじゃない、目の前の・・・。

「はい、リボーン。あーん」

   反射的に開けた口に放り込まれたのは、小さな一口サイズの
ドーナツだった。爽やかな酸味と甘味が口の中で広がる。
「美味しいでしょ?ミニ・ドーナツだって」
「・・・まぁな」
 憮然とした様子のリボーンの口元も和らぐ。ツナに
ドーナツを食べさせてもらえるのは自分だけだ――・・・

「はい、マーモンもあーん」
「あーん」
「おい」
「・・・俺も欲しいぞ、コラ」
「ちょっと待てお前ら」

 次々と他の客人達にも同様に、ドーナツを食べさせるツナにリボーンは
「一人で食えるだろ」
「でも、皆で食べた方が美味しいよ?」
「・・・そういう意味じゃない」
――あんまり甘やかすとあいつら、勘違いするんだ。それに・・

「せっかく皆集まったんだもん。
たまには・・・こういうのもいいよね」
 上目遣いで言われ、流石のリボーンも口ごもった。ボンゴレ中が
いや――世界中のマフィアがこの男の、無防備な笑顔に弱い。

「・・・今度奴らを呼ぶ時は俺に言え」
「・・リボーン」
「――何だ?」
「クリーム付いているよ?」

 ぺろり、と口元のクリームをツナが舐め、リボーンは
硬直した。他のアルコバレーノが羨ましそうな眼で彼を
見つめるが――気づかない振りをする。

「俺だってクリーム付いてるぜ、コラ」
「僕だって」とマーモン。
自分の口元も舐めてくれ!と主張する
二人の影で黙々とドーナツをほうばるスカル。

――ったくどいつもこいつも。

 こいつの甘さに付けこみやがって、とリボーンは思う。
 二人きりの時間も、会話も――選ばれた、俺だけの
特等席なのに!

 すっかりへそを曲げたリボーンだったが、当のツナは
全く意に介さないといった様子で――
「お疲れ様。いつも・・・ありがとね」
「・・・礼には及ばねーよ。俺の仕事だ」
「うん・・・でも」

 ツナは飲みかけのティーカップをテーブルに置いて
ゆっくりと、穏やかに微笑んだ。

「――リボーンがいてくれてよかったなぁって、思って」

 この笑みにはさすがのリボーンも息が止まった。

――釣られない、俺は釣られないからな・・!

 悔しいけれど、仕方が無い。誰が何と言おうとこれだけは
――鉄壁の「絶対」だ。「彼」に微笑まれ、礼を言われて悪い気はしない。
悪い気どころかどうしたって――顔がにやけてしまう。

「にやけてんじゃねぇよ、コラ」
「そんなこと無いよ、ね?リボーン」
「ねぇ綱吉、紅茶冷めちゃうよ」
「あ、そうだね。もう一杯飲む?」
 マーモンの後で、ポットを用意したスカルが
無言のまま立ち尽くしている――いや、見とれているのだ。
理由はもう、この部屋にいる誰もがわかっている。




 可愛いにも、程がある。