そもそも、俺は普通のそのへんにいるような野球好きな男子中学生で。
 相手もどこにでもいる、ちょっと勉強の苦手なクラスメイトで。 
 例えば学校帰りにゲーセンよったり、コンビニ行ったり。 
 好きな女子のタイプ聞いて冷やかしたりなんて
 当り前にやってたはずなんだけど。
 気づくとこの中身の無い頭は彼のことばかり考えている。
 参った。本当に弱った。
 神様に助けてくれって言ったところで別に困ってるわけじゃないし。
 むしろ、好き過ぎてどこかおかしくなっている。
 笑顔なんて直撃くらった日にはまじやばい。
 心臓とか、その下のけっこうやばい部分とか。
 男相手に可愛いとかやばいとか言うなって?
 それは仕方ねーだろ。

 可愛いっていう以外、形容詞の使い方わからねぇからさ。
 とっくに降参してるよ。
 まぁ会ってみれば俺の言いたいことは分かるだろうけど、ライバルは少ない方がいいしな。
 おっ、ツナが来たみたいだ。
 俺のつまらない独り言はここまでな。
 あっ、俺とツナのこと例の転校生に言うんじゃねーぞ。
 両手に花火に持って殴り込んでくるからな。
 渡すつもりなんてねーけど、火種は少ない方がいいんだ。
 俺だってツナの右腕も未来も
 ――譲るつもりなんて、何一つ無いね。






(僕だけが思うこと)






 教室の左斜め手前の席が気になって仕方がない。
 ああ、居眠りしてるな、とか。消しゴムで何か作ってる、とか。
 明日の補習も出るのかな・・とか。
「何よそ見してるんだ、沢田」
「・・すいません」
 教師に名指しされて頭を下げる。しょんぼり加減で前を見たら、
左斜め前の彼が「気にするな」と手を振っていた。
思わず、「ありがとう」とにやけてしまう。
「何やってんだ、山本も・・二人とも明日の補習は出るように」
先生の呆れた声に、思わず笑顔で頷いてしまった。




(君にだけ思うこと)




 ずっと気になっていたことをある日、尋ねてみた。
 山本の十四回目の誕生日の次の日だった。

「山本って・・好きな子、いるの?」

 山本は昨日とてもたくさんの女の子から告白されていた。
同学年も、年下も、他校の子も・・高校生だっていた。
彼の立つバッターボックスには黄色い声援が、部室の周りには
タオルをスポーツドリンクを抱えた女の子達が山のように群がっていた。

――山本って・・人気あるんだ・・よな。

 そんな並盛中では当たり前のことを改めて痛感した一日だった。
山本は告白してきた女の子一人一人丁寧に「ごめん」と言った。

「――俺、好きな子いるんだ・・」

 そう聞こえたとき、目の前が真っ暗になった。
彼女達だってショックだっただろう。
勿論泣き出してしまう子もいた。俺はめまいがして、
その場にふらふらと座り込んだ。
そんなの・・分かっていたことだったのに。

――山本こんなにもてるし・・すごく良いやつだし・・
好きな子いないなんて・・おかしいよな。

 だって俺がもし、女子だったらきっと山本に告白してる。

 高い背丈、精悍な顔立ち、日に焼けた肌。
 誰からも好かれる気さくな性格、けして強引ではないリーダーシップ
 頼りになる助っ人、スポーツは万能でテストは時間がないだけで頭もいい。
 ――山本に・・弱点なんてないよ。
 俺は深々とため息をついた。よくよく考えてみれば彼みたいな
人気者とどうして俺が友達になれたのかも、十分疑問である。

 人盛りの中央と、その縁で沈んで座り込んでいる俺では雲泥の差がある。
そんな俺とさえ気さくに付き合ってくれるのも・・彼の人徳のなせる
技かもしれないけれど。

・・なんか・・淋しい・・な。

 そう思う自分がいて、俺は慌てて首を降った。
何考えてんだ、俺。山本に好きな子がいたっていいじゃないか・・!
山本ならきっとうまく行くし・・俺だって応援する

――山本が幸せになってくれるのなら・・

「帰ろーぜ、ツナ!」

 俺の不毛な脳内のやりとりは、彼の一声でかき消された。
彼を見つめる女の子達をバックに例えるな満開のヒマワリの
ような彼が、大輪の笑顔を咲かせている。

「う・・うん・・!」

 俺は慌てて立ち上がった。女の子達は不満そうだ、

けれど俺だって譲れなかった。

――山本の「友達」だけは。

 話は前述の疑問に巻き戻る。
 その日彼と一緒に帰った俺は、家につくまでの間
じっと山本の横顔ばかりを見ていた。

――山本の好きな子ってどんな子だろ?髪は長いのかな、
それとも短い?今日告白して来た子にはいなかったのかな
・・もしかして遠く離れた学校の子だったりして・・

「――どうかした?ツナ」

 山本が振り返って、瞬間俺は顔が熱くなってしまった。
なんで――赤くなってしまったのか俺にも、分からない。

「な・・なんでもない」

 好きな子がいる――たった
・・それだけのことがこんなに、気になるなんて。
 俺は本当にどうにかしてると、慌てて首を降った。

 どうしても気になって仕方がなくて、眠れなくなって
しまった俺はあくる日、彼に聞いてみた。一緒に帰って、
俺の部屋で宿題をして、それからゲームをやった。
この前発売されたばかりのRPG。俺はいつも、プレイする
彼の隣で魔物がやられていくのを見ているばかりだ。

 尋ねたとき彼の動きが一瞬止まった。山本は俺を
一度見て、ゲームの電源を落とした。ふいに部屋が
静かになって――辺りに緊張感が走る。

 「いるよ」と彼は答えた。まるで当たり前のように。

 「・・そっか」と俺は言った。聞いたことを後悔した
自分には、気づかない振りをした。

「昨日・・一緒に帰った」

「・・・」

 一瞬だろうか。その場の空気が、止まった。
 俺は山本を見て、山本も俺を見た。

何か言おうとしても喉がカラカラで息がうまく通らない。
山本の顔は真っ赤だ。俺だってきっと同じくらい――

「つっくーん、夕ご飯できたわよー」

 静寂を破ったのは、母親の声だった。はーい、と返事を
して慌てて階段を下りる。台所についても彼は真っ赤だった。たぶん、俺も。

「何二人とも赤い顔して。ちゃんとクーラーつけたの?」

 呆れた声の母親が、少し辛口のカレーをなみなみお皿に注いでいる。
たぶん、クーラーつけなかったせいじゃないと思うんだ・・顔、赤いの。
 熱々のカレーをほうばりながら俺は、隣の席の様子をそっとのぞき見た。
並盛牛乳をごくごくと飲んでいる彼の顔はやっぱり、唐辛子みたいに真っ赤だった。