正しい忠犬の飼い方。

















掃除当番を終えた10代目の下校(自分はいつもさぼる)を
校門で待つのは彼の習慣だった。

 獄寺は何度も校庭を振り返り、ツナの姿が見えれば一直線に
駆けつける気持ちでいた。

 まるで初デートの待ち合わせのような獄寺の挙動は、言わば
下校時の名物になっていた。


「ほんと獄寺って面白いよなー」
 いつもずーっとああやって待ってるんだもんな、と笑った山本に
「あれで掃除ちゃんとやってくれれば、問題無いんだけどね」
 とツナはため息をついた。

  ツナは先日も獄寺の素行の悪さについて(掃除や授業のさぼり)
担任から注意されたばかりだった。
なんで俺が、と反論したものの、「君の言うことなら彼は聞くだろうから」
と担任に懇願されてしまい、それからは何も言えずじまいだった。

  しかし獄寺がツナのいうことをきいた試しなど、正直一度もない。
――獄寺君に注意できるのって、風紀委員長くらいだよな・・
 あの風紀委員長が相手なら、彼もすこしは従うかもしれない。
――いや、血で血を洗う喧嘩になっちゃうかも。

  後者の想像は容易で、ツナは思考の先に背筋が凍りそうになった。
結局、獄寺の行動を制御できるのはあまりその気がない(むしろ
嬉々とした様子で好き勝手にやらせている)リボーンくらいで
ツナは獄寺の振る舞いに一つ一つため息をつきながら次第に
順応していく、という状況になっていた。

――勉強が出来るから、先生もあまり強く言えないんだよね。
 ツナがふぅ、とため息をこぼすと
「ツナも気苦労が絶えねーなぁ」 
 と、山本が笑ってツナの肩をとん、と押した。
「まぁあれはあれで、落ち着いた方なんだけど・・」
 教室では煙草、吸わなくなったし、むやみやたらに爆破しなくなったし
近くの不良に喧嘩売られても買わなくなったし・・と、ツナが指折り数えていると、
「何だかんだって、フォローしてんじゃん」
 と山本が軽くツナをこづいた。





 さっきからどうも落ち着かない。
やたらと、10代目に触ったりこづいたり・・失礼極まりないのにも
程がある。

   思わず懐のダイナマイトに着火しそうになったが、この距離では
10代目も巻き添えになりそうなので寸でのところで留まった。
 校門の影でツナと山本の様子を伺い見る獄寺の表情に、
余裕は微塵もなかった。今にも飛び出してしまいそうになるのを
じっと堪えて、10代目が校門に辿りつくまで待つ。
――それが、忠義というものだ。
 獄寺は彼にしか理解できないポリシーの下で動いていた。

「獄寺君、お待たせ!」
「お疲れ様でした、10代目!」
 グランドに向かった山本を見送ると、ツナは一目散に
獄寺の元へ駆けつけた。
 実際は獄寺が勝手に待ち伏せているだけなのだが、
律儀なツナはあまり待たせてもいけないと思っていた。

「お荷物お持ちしましょうか、10代目?」
「いいよ、自分で持つし」
 いつもの会話を交わして、二人並んで歩き出したものの
心なしか獄寺はそわそわとして落ち着きがない。

 「・・どうしたの?」
 忘れ物?とツナが尋ねると、獄寺は真っ赤になって
口をもごもごと動かした。
「さっきその・・あの野球野郎が、10代目に不逞な真似を・・」
「山本が?」
 思い当たる節はないが、今までの言動に誤解しているのかもしれない
と、ツナは思った。それも獄寺にとってはよくあることだった。

「呼び出されたんだ、先生に」
 ツナは山本を校門まで一緒に帰るにいたった経緯を説明する。
掃除当番を終えた後、昨日の追試の結果をもらいにツナは職員室に行った。
そこで、ジャージ姿に山本に会ったのだ。聞けばこれから野球部の練習が
あるので、部室の鍵を取りに来たという。

「先生に褒められたんだよ。獄寺君に教えてもらうようになってから
追試で赤点取らなくなったって」

 嬉しそうに話すツナに、自然と獄寺の顔もほころぶ。
「・・そんなことないっすよ。10代目の理解が早いからです」
「ほんとに獄寺君のおかげ、助かるよ・・また、よろしくね」
 獄寺は息が止まりそうになった。誰よりも敬愛する10代目に
感謝されたのだ。しかも自分を頼りにしているという。
「身に余る光栄です!!」
 感激のあまり打ち震える獄寺に大げさだなぁ・・と半ば苦笑
しつつ、先ほどの所在ない様子は何だったんだろうとツナは思った。
 山本に立腹していた様子は微塵も感じられないし、むしろそんなことは
どうでもよくなっているようにさえ見える。

『 何だかんだって、フォローしてんじゃん 』

 ふいに山本の一言が甦って、ツナは宙を仰いだ。
――当たってる・・かも、しれない。

「10代目、俺頑張りますから!10代目がいい点とれるように
精進させて頂きます!」
「いや、精進しなきゃいけないのは俺だから・・獄寺君」
 ツナは困惑気味に返したものの、獄寺は瞳をきらきらと
輝かせながら拳を握り締めている。

 いつまでこういう問答を繰り返すのか、ツナにも見当が
つかない。ただひとつだけ言えることは、獄寺とのやりとりに
ツナは半ば諦めと傍観・・黙認というスタンスをとっているということ。
でも。

「じゃあ、早速宿題一緒にやりましょうか?」
「うん、ありがとう」
 はちきれんばかりの笑顔で上機嫌になった獄寺を見てると
ちょっと嬉しいなんて。

――俺も少し獄寺君に感化されてきたかも。

 つられて微笑んでから、ツナは元気になった獄寺に
ほんの少しだけ安心している自分に気づく。
 しばらく、獄寺のフォロー役は続きそうだった。








<終わり>