――なぁ、神って奴は本当にいるのか?
俺の問いにその、見習いの修道士は微笑み
――さぁ、知らない。会ったこと無いから。
首をかしげ、その会いもしない誰かに祈りを捧げ始めた。
聖夜には愚者の祈りを。
――まずったな。
らしくない感想を抱きつつ、薄曇りの空を見上げる。
襲撃を離れ、街を抜け出たところまではよかったが、
自分のいる場所の見当がつかない。南イタリアの土地に
面識がないのだ。アジトに戻る前に、負傷した身体を手当てし、
休めなければならないだろう。堅気でない己が正面から
病院の門をくぐるわけにも行かず、男は大きなため息を
灰色の空に落とした。その漆黒の眼に、錆びた鉄の扉と、
奥のうっそうとした緑が映る。林に囲まれるように
建っているのは、小さな古びた教会。
屋根の銀十字に救いを求めるのも今更滑稽な気がして、
「俺も焼きが回ったな」――男はひとりごちながらその肩で
扉を押す。軋んだ音に重なるように、彼の肩から数滴、鮮血が散った。
――神をみたことはあるか。
昔同僚と話した。たわいもない会話だ。
自分とは違う楽観主義者の同僚は、
武器の手入れをしながらこともなげに言った。
「そんなモンがいるなら――ここで、こんな事してないだろ、コラ」
「そうだな・・」
鉄の銃で、人の頭を打ち、返り血を浴びて名誉を得る。
暮らしを望んだ訳ではなかった。そうしなければ、
生き残れなかっただけだ。それが運命といわれれば、
受け入れるほか無いのかもしれない。けれど自分は――・・・
「――眼、覚めた?」
少年の声に、男は飛び起きた。ここはどこだ?
俺は何をしている――?
「門の前で倒れてたんだよ。ランボとイーピンが見つけてくれた」
「・・ここは?」
「教会だよ・・・おんぼろだけどね」
修道士とおぼしき、白い服の少年の返答に、男は周囲を見渡す。
教会の一室なのだろう、わらぶき屋根の質素な部屋は
男が寝るベッドと、小さなテーブル、鏡台が並んでいる。
「倒れた・・俺が?」
うん、そう――と少年は続け
「生きてるのが奇跡だって、お医者さんが言ってた」
「・・・」
右肩は銃弾が貫通していた。弾道が動脈を
外れたのは不幸中の幸いだったのだろう。
自分を見つけた少年の的確な処置で生きながらえた点は間違いない。
「・・そうか」
世話になったな、と男が頭を下げると、
少年は「しばらくここにいたら?」と言った。
「いや、いい――すぐ帰る」
直ぐにでも本部に連絡を――と思った矢先、
懐の違和感に男は眉を歪めた。あるはずの物がそこに無い。
「探し物は、これ?」
男の胸中を呼んだのか、少年は懐から拳銃を取り出すと、
指先でくるくると器用に回しながら微笑んだ。
意外なほど慣れた手つきだった。
「・・何のつもりだ?」
少年の行為に男の声色が下がる。
マフィアの懐から銃を抜く。それが何を意味するか、
おそらくこの聖職者は知らない。
「全治二週間」
「・・何がだ?」
「君の傷だよ。医師の見立てだとそれくらい。
・・それまでは休んだほうが良いって」
「休まなかったら?」
「この銃を売って、そのお金を治療費に当てる」
――要するに、脅しか。
怪我人に毛布ひとつ用意できない貧乏教会に、
行き倒れた人間の治療費を払う余裕は無い――
目の前で銃をちらつかせる修道士は暗にそう言っている。
聖職者のくせに食えないやつだな、と心の中で舌打ちをしつつ
「俺は何をすればいいんだ」
取引は五万と経験している男は、
すぐに思考を切り替え、少年の話に乗った。
身を潜めるには充分すぎるほど朽ち果てた教会。
銃くらいくれてやっても良いが、下手に足がつくと自分の沽券にも関わる。
――銃弾一発に利子つけるけちな奴もいるからなぁ。
真っ白な修道衣に身を包んだ、少年は鮮やかに微笑んで指折り数えて言った。
「炊き出し、薪割り、大掃除――どれがいい?」
にっこり、と白い歯を見せた少年の名前はツナと言い、
明らかに舌打ちを返した黒髪の男の名前は、リボーンと言った。
白い雪のちらつく庭に、子供の無邪気な声が響く。
「これランボさんのだもんね・・!」
「こら〜待て、ランボ・・!」
ランボ、と呼ばれた幼児を追いかけるツナを見ながら、
リボーンはため息を吐いた。
朝から、料理に薪拾いとこき使われっぱなしだ。
同僚が見たらなんと揶揄されるだろうか?
――薪割りマフィア・・だな。
洒落にもならない。リボーンが考えている以上に、
この教会の経済状態は芳しくないようだった。
ツナが世話をしている子供の洋服も、つぎはぎだらけ
でぼろぼろになっている。怪我を治す代わりに、
教会の雑務を手伝ってもらう――そんな修道士の提案も
今なら納得がいった。この教会ではミサも、懺悔の時間も
実施されていない。教会の核となる神父がいないのだ。
住み着いた子供の世話に、家事、教会の修繕――と、
身体がいくつあっても足りない暮らしをツナは送っていた。
――こっちがランボ、女の子がイーピン。
一緒に住んでるんだ。よろしくね。
突如として増えた居候に、幼児たちは興味津々な
様子でリボーンを見詰めていたが
「うぜぇな」
「――ちょっと、リボーン」
「子供は嫌いだ・・薪を割る」
「・・もう」
それ以来、子供の世話はツナ、家事はリボーンが
請け負っている。元々一人で行動することが多い
リボーンは、家事も掃除も手馴れたもので
「リボーンのおかげで助かるよ〜」
遊びたい盛りの子供二人を抱えるツナに
「あと、一週間だからな」
リボーンは念を押し、切り株に置いた薪に鉈を振り下ろした。
――あと二日で、ここを出る。
窓の外はいつの間にか、真っ暗になっていた。
リボーンはベッドに横たわりながら、過ごした日々を
指折り数えた。家事に追われていると時間の経つのも
かった。全治二週間、といわれた右肩もすっかり傷が
癒え、片手で斧を持てる程になっている。
――まさか銃を取られて脅されるとは、思わなかったけどな。
教会での彼らとの生活は、リボーンにとって想像した以上に
楽しいものであった。土壁にペンキを塗り、聖書を戸棚に並べ、
堂に灯をともす。ツナの弾くオルガンはなかなかの腕前で、
時折ランボやイーピンがその音色に合わせてダンスを踊った。
子供は騒がしくて嫌いだったが、ツナとなら別だった
――彼は、身寄りのない子供の母親でもあり、父親でもあったのだ。
つかの間に得た心のやすらぎ――それが、裏切りと策略を
行き来する彼の荒んだ心を癒した。教会とは本来そういうところなのだろう。
――神が、本当にいるのなら。
何故ここの子供たちはぼろきれをまとい、味のない
スープをすすらなければならないのだろう――リボーンは
自身の思考に苦笑した。感傷的になっているのだ、
普段他人の状況など視野にさえ入れない己が。
――でも、あいつらは幸せなんだな・・きっと。
食べるものも、着るものもない生活。
それでも子供達は無邪気に笑い、自分たちを見つめる
聖像に祈りを捧げる。そこには己の境遇に対する
不満も、不平もない――ただ、祈るだけ。
『神って・・本当にいるのか?』
修道士に聞くには愚問だったのだろうが、思わず
口をついて出たリボーンの言葉に祈祷を終えたツナは笑って
『さぁ・・知らない。会ったこと、無いから。・・でも』
『でも?』
『ここに居られるのは、神様が居てくれたからだと思う』
『――・・ツナ?』
コンコン、とドアをノックする音が響き、
リボーンは身体を起こした。
「・・何か用か?」
「・・・入っていい?」
するりと部屋に入ったツナは、いささか疲れた表情で
「・・やっと寝てくれたんだ」と言った。
彼はベッドのそばにあった椅子に腰掛けると、感慨深そうに
「あと、二日だね」
「――これでやっと解放されるな」
逃げ出す手は幾らでもあったのだが、それでも
ずるずるとこの教会に居ついてしまった自分に、
リボーンは息を落とした。気に入っているのだ、この暮らしが。
貧しいながらも、満ち足りた、穏やかで温かい生活。
これまで富と権力が幸福だと思っていたリボーンにとって
それは一種の衝撃に近いことだった。
――こいつらは家族・・なんだな。
自分にも、「家族」と呼ばれる存在は居る。
血縁でなく、契約で結ばれた家族だ。盟約のため
ならば命をも犠牲にする家族に、再び身を戻そうとしている。
――結局、俺の居場所は・・
血と、硝煙の溢れる先にしかないのだろう。
リボーンはそう思うと、ツナに向き直り「世話になったな」と言った。
「そんなこと無いよ、リボーンには本当に感謝してる」
「お前、修道士じゃないだろ?」
「・・・・」
リボーンの言葉に、ツナの表情は明らかにこわばった。
「・・・なんで、そう思うの?」
「銃の持ち方を知ってる聖職者なんて、そうそう居ない」
初めて出会った時から感じていた違和感
――なぜ、彼は自分が銃を持っていると知っていたのだろう?
それが、スーツの右ポケットにあると。
「それはたまたま――」
「安全装置の戻し方もか?」
ツナの手にあった銃はしっかりとロックされ、
暴発防止の安全装置も機能していた。普段臨戦態勢にいる
リボーンはけして安全装置は戻さないのだ
――それは、ツナが拳銃を扱えることを意味した。
おそらく、ツナは己を助けた時から、
自分がマフィアであると気づいていただろう、とリボーンは思った。
気づいていながら銃を取って脅し、教会で働かせた
――並みの根性ではない。正直一介の修道士にしておくには惜しいと、
リボーンの心の片隅で思っていた。
この男が立つべき場所が、もしかしたら別にあるのではないか、と。
「・・いつから、気づいてたの?」
「――起きたとき、お前の手つきで気づいた」
リボーンの言葉に、ツナは押し黙った。
知らぬ存ぜぬでは貫き通せないと悟ったのだろう。
ぽつぽつと、ここに至る経緯を話し始める
――その表情は暗く、どこか泣き出してしまいそうな悲壮感に満ちていた。
「・・神父様は・・半年前、マフィアの
抗争で撃たれたんだ・・即死だった」
「・・・」
「――確かに君の言うとおり、俺は修道士でもなんでもない。
ただの孤児だよ。ランボもイーピンも俺と同じ・・
血のつながりは無いけど、家族みたいに思ってる。
二人とも――」
言葉を詰まらせて、ツナは息をゆっくりと吐いた。
「両親をマフィアに殺されたみたい」
「・・・」
リボーンは詮索心で尋ねた自分の浅はかさを恨んだ。
南イタリアは中小のマフィアがせめぎあう未開拓地
――北のマフィアほど統制はとれておらず、しばしば
民間人を巻き込んだ抗争を起こし、復讐の連鎖を生んでいる。
彼らもまた、自分たちの無益な争いの被害者だったのだ。
「――お前は・・俺が憎くないのか?」
マフィアと知りながら何故助けた?
あのまま放っておけば間違いなく死んでいただろう自分を。
なけなしの身銭をはたいてまで救ったのか?
マフィアが――憎くないのだろうか?
リボーンの問いに、ツナは穏やかに首を振った。
「・・そんなことないよ。ランボやイーピンはまだ、
分かってないみたいだけど」
いっそ恨み節でも告げられたほうが、
慙愧の念に耐えられるとリボーンは思う。
そんな彼の胸中とは反対に、ツナは微笑んで
「リボーンは、良い奴だから」
「・・・」
マフィアに良いも、悪いもあるものか。
そう言いかけたリボーンの耳に、聞き覚えのある音が飛び込む
――風を切る乾いた音、銃声だった。
「ここでじっとしてろ」
飛び起きたリボーンのスーツの裾をツナは掴んだ。
その上目遣いに息を飲む――美しい、などという感想を
男に抱いている場合ではなかったけれど。
「・・俺も行く」
銃声を追い聖堂に着くと、その場の光景にツナは絶句した。
マフィアとおぼしき黒いスーツの男が、子供二人を抱え、
その一人に銃口を押し付けている。ランボもイーピンも
熟睡していて気づかないが、起きて気づけは泣き出すに違いない。
「・・子供を人質にとるたぁ、腐ったもんだな」
嘲笑するようなリボーンの声に、男は引き金に指をかけて対抗した。
おそらくは彼に敵対するマフィアなのだろう。リボーンの居場所を
き止め、子供を人質に彼を殺す――マフィアとしては上等手段だ。
腕を上げろ、という男の声に従いリボーンは両腕を闇に伸ばした。
銃口はすやすやと眠りこける幼児の額に宛がわれたままだ。
「リ、リボーン・・!」
このままではランボが撃たれる、と声を上げる
ツナを下がらせると、リボーンは小さく「俺が囮になる」と言った。
「・・リボーン?」
「――あいつを撃て」
――お前が持っている俺の銃でな。
彼の唇はそう、確かに囁いた。向かいに立つ男は気づいていない
――聖堂は互いの表情さえ不確かなほど薄暗かった。
「・・出来ない」
「――おい」
「そんなこと、出来ないよ」
「・・馬鹿ツナ」
そう、リボーンが零した瞬間。
一発の銃声が彼に向かって轟いた。
石畳の冷たい床に倒れていたのは――
幼児を抱えたマフィアの男と。
修道衣を真っ赤に染め上げた、ツナだった。
「・・おい、ツナ・・!」
「・・リボーン、ランボは・・?」
「生きてるよ、・・ったく世話かかるな、馬鹿」
「――・・よかった・・」
倒れたツナを抱き起こすと、リボーンは自分を庇って
被弾した彼を手早く止血した。出血はしているものの
致命傷では無いだろう。彼の向かいでは、先刻まで
口を携えていた男が、眠りこける幼児を抱えながら絶命している。
男がリボーンに発砲した瞬間、リボーンは身を翻して銃弾を避けた。
彼が予想できなかったことは唯一、ツナが自分をかばって飛び出したことだ。
――あんな蟻一匹のために血を流させるなんてな・・。
元来プロ気質のリボーンは無駄な殺しを好まない。
民間人の巻き添えなどもっての外だと思っている。
それが無関係の子供を人質にとられた挙句、修道士が負傷
――自分自身、気が緩んでいたとしか思えなかった。
――俺も、呆けたな。
人質にされていたともしらず、ランボとイーピンは
すでに命を落とした男の腕の中ですやすやと寝息を立てている。
のん気なものだ、とリボーンは思う。自分の腕に身体を預ける修道士も、
マフィアの銃撃に身を乗り出して被弾しながら
――その挙句に無事でよかった、と微笑んでいる。
リボーンにとっては信じがたいことだった――彼が身を呈してまで、己を庇ったことが。
「・・何故、撃たなかった」
リボーンの問いに、ツナは途切れ途切れの息で答えた。
「――嫌だよ。もう・・人が死ぬのも、人を殺すのも嫌」
「・・・」
「・・神父様はね、俺を庇って死んだんだ・・見ず知らずの俺を・・・」
「もう、いい――喋るな」
「・・ねぇ・・リボーン」
神様って居るのかな?・・そう唇が動き、リボーンは思わずその
血の気の引いた唇に口付けた。まるで、吸い寄せられるように。
――居るんじゃねぇのか・・たぶん。
修道衣から落ちる銀の鎖に、リボーンは瞳を細めた。
銀の十字架がばらばらに砕けている――おそらくそれが
緩衝材になって致命傷を避けたのだろう。普段から十字架を
手放さないことが幸いした――神が、彼を生かしたのだ。
柄にもなく信仰に満ちた思いを抱き、リボーンは苦笑した。
ここに来てから自分の調子がおかしいのはきっと、
腕の中にいる少年のせいなのだと、気づいていたけれど
――認めることが出来なかった。自分が変われるとは思っていなかった。
救いを求めていたことさえ、気づいていなかったのだから。
「・・リボーン・・銃・・」
開いた唇から「もう一丁持っていたんだね」と掠れた
言葉が漏れ、リボーンは「・・ああ」と短く答えた。
「切り札は隠しておくものだからな」
ツナが奪ったのは、捕られることを想定した献上用の銃だったのだ。
本当に身を守るために用意した銃は、スーツではなく靴の底に仕込んであった。
相手の男が発砲した瞬間、リボーンは倒れるふりをして靴の底の
引き金を引いた。弾は見事男の命中し、聖堂に死体が横たわる結果となった。
「・・なんで・・逃げなかったの・・?」
身を守るための銃を持っているのなら何故、炊事や
洗濯などの雑務を引き受けたのか。
ツナの疑問にさぁな、とリボーンは首を振った。
「たまには――庶民の暮らしも悪くねぇ」
「・・嘘つき」
「嘘じゃねぇよ」
「・・・」
頭上から近づくヘリの音に、リボーンは「頃合だな」と言った。
ファミリーの迎えが到着したらしい。
ぐったりしたツナを抱えると、リボーンは「行くぞ」と言った。
銃創は治療が長引きやすいのだ。彼を一刻も早く専門医に見せる必要がある。
「・・リボーン?」
担ぎ上げられてツナは、顔色を変えた。
死んだ男の腕の中でまだ、ランボとイーピンが寝息を立てている。
「・・ちょっと待って、ランボが・・!」
「ちゃんと連れて行くから、安心しろ」
ヘリから降りた黒いスーツの男たちは、
れた手つきで死体を処理すると、今だ夢の中にいる子供たちを
起こさないようにゆっくりと毛布で包んだ。
「・・連れて行くって・・どこに・・」
この場合は――と前置きして
「俺達のアジトしかねぇだろ」
「マフィアに・・?」
声を裏返すツナに、リボーンはヘリのドアを閉めながら
「俺の知り合いに、腕のいい闇医者がいる。まずは治療だ――それに」
アジトに行けばもう少しマシな飯が食える。
あのガキに洋服だって用意してやれる。
リボーンの言葉に青ざめたのはツナだった。
「・・マフィアになれって言うの・・?」
「――そういうことだな」
「い、いやだ・・帰る・・!教会に、帰して」
「――殺されるぞ?」
「・・・」
「どんなにお前が隠しても、明日には手配書にお前の
顔写真が載る。懸賞金付でな。俺達が生きるのは――そういう世界だ」
「なんで・・」
「俺を狙った男は、南イタリアマフィアの下っ端だ。
・・もしかしたらお前か、ガキ共の敵かもしれない」
「・・あだ討ちをしたと?」
「・・そういうことになる」
自分の言葉に震えるツナを、リボーンはしっかりと抱きしめた。
初めて出会った時から、こうなることを祈っていた気がする。
どんなに彼が望まなくても、ツナをこの道に引き込もうと。
――だから自分は此処から逃げなかったのだ、と。
――お前は、ファミリーにとって必要な男だ。
その勘は当たるだろう。リボーンはツナを、
マフィアの重要ポストに置く腹積もりだった。
子供たちは頃合をみて、マフィア関連の学校に通わせてやればいい。
「・・マフィアになんてなりたくない・・」
涙声で話すツナに、リボーンは知ってる、と答えた。
ヘリはすでに教会を離陸し、一路北へ進路を進めている。
今宵は曇り空が晴れ渡るような満月だった。
「――俺には、何も出来ない・・」
力なく震える男にリボーンは答える。
何も出来ないからこそ、出来ることがあるのだ、と。
それは矛盾と逆説に満ちていたけれど。
「少なくともあのガキ共にとって、お前は必要な存在だったはずだろ?」
「・・・」
「そしてまた・・祈ってくれないか?」
「――何を?」
「果てしなく遠い、平和ってやつを」
――俺達のくだらないゴタゴタにこれ以上、一般人が巻き込まれないように、な。
「・・うん」
それきり、ツナは何も言わなかった。
向かいの座席でランボもイーピンも穏やかな寝顔を浮かべている。
子供の方が案外、順応が早いから・・マフィアの根城についても
元気よく駆け回るかもしれない――その予想がツナにとって救いだった。
――俺に出来る事は何もないけれど・・。
それでも、彼らを生かすことが出来るなら。
食事と温かい寝床を与えられるなら、マフィアに身を置くことも
厭わない――ツナの決意を読み取ったのだろう。
リボーンは微かに微笑んだ。思い切りのよいところも、予想通りだった。
――星に願いを・・なんて柄じゃねぇけどな。
何かに祈りたくなっている己にリボーンは気づき、笑った。
――何があっても俺が、お前を守るから・・
だからいつか、俺のために「生きて」くれ。
願いは闇に溶け、やがて天上の星に届く。
神が聞き入れてくれるかどうかは分からない。
この夜が明けた後昇るのが希望とは限らないから。
だからこそ――聖夜には愚者の、祈りを。
捧げつつ男は、腕の中で眠る「家族」をありったけの力で、抱きしめた。