光
例えば銃口を突きつけられたとき、人は何を思うのだろう。
鉄の円筒の先から飛び出した鉛の弾丸が皮膚を裂き、頭蓋を割り脳という
――実は豆腐のように柔らかい臓器を突き抜けただ一点を目指す。
残るのは飛び散った透明な脳漿と、人間の粋を尽くした細胞の破片と、
静脈から溢れる赤いしぶきが作る血の海だけだった。
そんな光景を瞳に焼きつくくらい、思い出すまでも無いくらい何度も
繰り返し目にして闇を生きてきた。
生涯愛した光を知るまで。次は己の番だった。
罪深いものが先に死ぬとは思わない。
これまで殺し屋として数多の運命を銃と鉛で書き換えてきたのだから。
振り向いたその瞬間に消されることさえ明日のスケジュールには織り込み済みだった。
彼によく似た少年を使われるとは思わなかった。
あんなに近づいたから目が曇ったのだと今更後悔する。抱いたことが仇になったのなら、
愛を知った瞬間に狂った運命を俺は呪うだろうか――答えは、否だ。
彼を愛せるなら、もう何でもよかった。愛にくらんだ眼と、腐りきった自分の
脳みそに苦笑する。誰が「史上最強のヒットマン」のこんな最期を思い描いただろう。
ボスによく似た撒き餌に引っかかった男を誰がリボーンの名に値する男と、
信じただろう・・ああ、俺は本当に救いようの無い、阿呆だ。
瞳を閉じて思い浮かぶのはほうけた馬鹿面、俺を睨むまったく思慮の無い瞳。
10年前から変わらない、こっそりと背中に注がれる視線。
先に恋に落ちたのはどちらからだったか。知る由も無い。
最後に愛を囁いたのはどちらだったか。確かめる術も無い。
でも、地べたに血潮を撒き散らしながらでも証明出来ることがひとつだけある。
死ぬまでお前を愛したのは間違いなく俺だよ。
殴られた後がずきずきと痛んで俺は、片目を閉じてわらった。
何がおかしい、と男がいう。愛に死ぬ、自分が可笑しい。
言い残すことは無いか、と片方が言う。無い。ツナがいない世界に言葉は必要ない。
最期に焼き付けたいのはもうけして届くことの無い笑顔。
視野の端に広がる雲ひとつない青空。昨日抱きしめたボスのような。
昨日俺は光を抱いた。10年手塩に育ててきた光だった。
抱きしめて壊れるくらいに犯したら、見上げる薄茶色の瞳から、
透明な雫が俺を責めるように零れた。
侵したのは、禁忌だった。
何者にもこころを許してはならない。何者にもこころを預けてはならない。
生涯の孤独と引き換えに最強の称号を手に入れたはずが、俺は自ら
罠にかかって汚名を自分の顔に塗った。
抱きしめて抱き上げて突き上げて気づいた。光と闇は出会ってはならなかったのだと。
けして相容れないものであるがゆえにこの身を食い尽くすほど惹かれあったのだと。
それは互いにとって諸刃の恋だった。
俺は腕の中に転がり込んできた光を、愛した。つねって啄ばんで齧って
雁字搦めにした。この茶色の目が自分さえ映せばいいと、その細い身体に
欲情を突きたてながらひとしきりそう祈った。
何度言っても俺の教えを守らず口答えし困るとすぐに泣きつき、
お人よしで不器用で強情な操縦のとても難しい男を俺は最後のボスにした。
神の元へいく前に仕えるのは彼で最後にしようと、そのボスの就任前夜誓った。
それが今、現実になりつつある。
固い何かが額に当たった。少しずつ血が流れ出しているからか恐ろしく
背筋は寒いのに心臓は燃えるように熱い。
循環経路を失った血管はまるで死ぬために拍動を送り込んでいるようだ。
息が喉について、ひゅーひゅーと情けない音を上げた。今わの際という奴だ。
止めを刺してくれるなら願ったり叶ったりなのだろう。
このままではいつ死んだのかさえ分からない。でも、こいつらの手に
かかって死んだことを悔いる人物がこの世に一人だけいる。
俺が今から世界においていく、世界で一番大切な存在だ。
残る力で、喉の奥に鎮座する肉の塊に歯を立てた。
噛み切った瞬間、俺は眩しいばかりの光を閉じる意識のカーテンの向こうにみた。
今朝はにかんでベッドから出てきた最愛の人の笑顔だった。