僕の彼氏はへたれです。



 俺とディーノさんは付き合っている。
付き合うっていうのは・・その・・キスしたり、
それ以上のことをしたりするのも・・含んでいる。
ディーノさんが初め、俺に好きだと言って。それから
しばらくして俺も彼の事が、憧れだけじゃなく好きだと、
気づいた。
だから俺達は付き合い始めた。それは・・おおよそ
上手く行っていてその実、肝心なところが噛み合っていない。
俺の「彼氏」は、ちょっと・・いや・・本当に。

「へたれなんだろ?」
「・・ちょ、ちょっとリボーン」
「ほんとのこと言って何が悪い」
 黙った俺にリボーンが
「お前が好きだっていうならそれでいいんじゃないのか」
「そ、そうだけど・・」

 好きか、と言われれば好きだ。ライクじゃなくラブの「大好き」。
だからこそ。ちょっとこれはどうなんだろ、と思う事がよくある。
たびたびある。例えば先週の土曜。午後十時。

 舞台は暗転するが、その時俺とディーノさんはいわゆる
「真っ最中」だった。

「んっ・・あっ・・ディーノさ・・やっ・・!」
「ツナ・・!」

 恋人同士ならばまずすること、と言って
ディーノさんが真っ先に俺に仕込んだのは・・その
・・セックスだった。最初は痛かったけど、今は
気持ちいいし、彼が俺を求めてくれるのは嬉しい。
 独特の匂いとか、味とか、ぬるぬるした感触にはだいぶ慣れた
(その反動で俺はいわゆる女の子に欲情しなくなってしまった
けれど、ディーノさんがいるからそれでいいと思っている)。

 ベッドの上、二人で重なり合って、勿論俺の身体には
彼の一部がすっぽりと納まっている。彼のそれは随分大きくて
(初めて見たときは腰を抜かしそうになった)猛々しいくらい
熱かったので・・俺が彼を全部受け入れられるようになるまでは
付き合い始めて三ヶ月かかった。(それまでに俺たちがこなした
セックスの数は計り知れない)

 何はともあれ、俺のそこはディーノさんのそれを
すっぽりと根元まで納めていた。そこに彼の、
熱い飛沫が注がれようとしていた、その時。

「やぁ・・もう・・だめ・・イっちゃう!」

 思わず叫んだ俺の耳元に、無機質なアラーム音が響いた。
よく聞くけたたましい電子音。ディーノさんの携帯電話の音だ。

「・・あ、もう・・出ちゃうよ・・っ、ディーノさ・・」
「あ、もしもしイワン?」
「・・・」
――ディーノさん?

 思わず耳を疑った。数秒前まで俺を絶えまなく追い上げていた
ディーノさんがその激しい抜き差しを緩め、ゆるゆると俺の上で
腰を引いたり落としたりしている。
イけそうにもイけず、抜けそうにも抜けない。
まさしく生殺し、といった状態だ。

「・・ん・・やだ・・ディーノさん」
「もう少し頑張れイワン、奥さん三人目なんだろ?」
「・・な、何やって」

 恐る恐る目を開けると、ディーノさんは俺の上でグラインド
しながら何事かを必死に話し合っている。
 携帯の向こうの、イワンさんとだ。

「ここが踏ん張りところだってな」
「・・ちょ、ちょっとディーノさん・・!」

 達したくても肝心な刺激が与えられず、かといって
終わる雰囲気でもないセックス。
 怠惰なことこの上ない。焦れて俺は、思わず叫んだ。

「・・ディ、ディーノさんの・・ばか!」

へたれ(日本語):肝心なところで踏み込めないこと。
またはそういう気質。その場の空気を読めない場合にも用いる。

例:セックスの途中に部下の、人生相談をする。

「ありえねぇな・・」
「でしょ・・」

 俺の説明にリボーンは気の毒そうに頷いた。
 俺とディーノさんが付き合っていることはリボーンには
了承済みだ。ボンゴレのボスとして必要な仕事をこなせればいい
――稀代のヒットマンは寛大な考えだった。付き合うのに
リボーンの了承を得る、というのもおかしな話なのかも
しれないが、俺とディーノさんを引き合わせたのは彼である以上、
ボンゴレとキャバッローネが同盟関係を結んでいる限りは、
両者の関係にヒビを入れないということは俺たちが付き合う上
での絶対条件だった。下手をすれば別れ話が戦争に発展してしまうのだ。

 だから俺も、付き合うことには慎重だった。  
当のディーノさんは、というと・・

「すまん!イワンの奴奥さんと調停中なんだ。
 ああ見えてかみさん思いのいい奴だし、何とか和解させたいと思ってな」

 セックスの後、俺の前で深々と頭を下げた。
 だからと言って真っ最中、しかもイく直前に電話を出るか?
俺は出ない。携帯の着信に気づくほど俺には余裕がない。
 けれど、すまん、ごめんな、と申し訳なさそうに手を合わせる
ディーノさんに必死に謝られて・・俺の中で少しだけ・・
仏心が芽生えた(後から俺はその親切心を全力で悔いることになる)。

――確かにディーノさんは面倒見いいし・・
部下の皆さんからもすっごく慕われている。


 俺はそんなディーノさんに憧れていたし、そんな彼が大好きだったのだ。


――まぁ・・仕方ないか・・ディーノさんらしい、と思えば。

 部下思いの彼に免じて今日は、許してあげようと考えた。  
俺は・・甘かったのだ。

「・・いいけど・・もう、今日はしないからね?」
「・・ツナ・・」
「そんな目しても駄目」
「ちょっとだけ」

 とん、と肩を押される。追い上げられる寸前まで
眺めていた白い天井。視野に入るディーノさんの笑み。この状況って。


「・・ちょ、っと・・ディーノさん?」
「少しだけ・・いいだろ」
「ダメです・・ってば・・ぁ・・」

 次の日の朝、俺は学校に、腰が痛いから休みます、という
正直な、でもけして詳細を言えない理由で欠席の連絡を
入れることになった。


へたれの反動(日本語):へたれな行動を起こした人物が
一転して強引な行動に出る事。別名・強気。



例:三回続けて中出しをする。


「・・大変だな、お前も・・」

 俺の話にリボーンはいささか閉口気味に言った。
愛の営みの真っ最中に電話。正気の沙汰ではない、と思う。
それだけ、部下に対するディーノさんの思いは熱いし、
面倒見がいいといえばそれまでだけど。
おおよそ好きでないと割り切れない・・と俺は肩を落とした。

 だけど、先週の出来事がまだ序の口、と思い
知るようなことが先日起きた。昨日の夜、午後八時頃。

 押し倒される前に、携帯の電源は切った。
 準備は万全だったんだ。俺はディーノさんとキスをしながら
(・・なんだか今日のディーノさん、いつもより激しいかも・・)
なんてのんきな事を、思っていた。


「・・っあ、ディーノさ・・もう・・!」
「っ・・ツナ!」
「やぁ」


 行為としては最高潮、の場面で入った横槍。
 降りかかるような声に俺は驚いて目を開けた。
 俺を追い上げるディーノさんの胸板の向こうに――見慣れた学ランが映る。

 射精する寸前だった俺たちの後ろに立っていたのは・・
風紀委員長、雲雀さんだった。


「や・・あ・・あの!」
「恭哉!どこから入ってきたんだ?」
「どこって・・窓だよ」
「不法侵入だろ、それ」
「あ・・あの・・ディーノさん・・」


 突っ込むべきところはそこじゃないと、突っ込まれたまま
の俺は思った。ベッドの上で二人、裸になって、スプリングを
ぎしぎし言わせていれば・・雲雀さんだって気づくはずだ
・・窓を開けて入ってくる前に。

「侵入者呼ばわりされる筋合いはないね」
 雲雀さんはきっぱりと言い放った。

「九時に修行を再開するって言ったのは貴方でしょう?」
「・・え?」
 憮然とした雲雀さんの言葉に、ディーノさんが叫んだ。

「あ、すまん・・!忘れた・・!」
「っ・・ァ・・ん・・動かない・・で」

 ディーノさんが声を出すたび、勃起したそこが擦れて
痛いのだ。いっそ抜いてくれたらいいと思うのだけど、
肝心のディーノさんは雲雀さんの対応に必死だった。

「教え子の修行を忘れてセックス?ますます、話にならないね」
「・・っあ・・やぁ・・・ん・・ぁ」
「すまん、悪い恭哉!すぐ済ますから」

――済ますって・・何を?

「ツナもごめんな・・もう、出るから」

――もう出るって、ちょっと!

 ディーノさんがぐい、と腰を進める。達しそうになっていた
俺のそれを掴むと、彼は丁寧にその先端をしごいた。

「やぁ・・ん・・ぁあっ・・!」
「ちょっと」

 再び動き始めたディーノさんの肩を取り、雲雀さんは言った。
イきそうになった俺の先端がしぼみ、はじけ切れない熱が身体に溢れる。
正直イかせてくれたら・・と思っていた俺の脳裏にとんでもないものが映った。

「せっかくだから僕のも咥えてよ」
「・・えっ・・ちょっと・・雲雀さ・・ぁ」
「お、おい恭哉」
「下の口がこんなに大きいの咥えてるんだもの、
上の口だって大丈夫でしょう?」
「っ・・あ・・んんっ・・!」
「ちょっと待て、恭哉」
「貴方には聞いてないよ、ねぇ綱吉」

 ダブルブッキングしたんだもの、相応の見返りは頂かないと。
悠然と微笑む雲雀さんと、慌てて腰を進めるディーノさん
(事の元凶)を交互に眺めながら俺は

――もう、知らない・・ディーノさんの馬鹿!

 半ば、自棄になりながらそそりたつ、雲雀さんのそれを口に含んだ。


へたれ(日本語):肝心なことを忘れてしかも、その責任を自分では取れないこと。

例:教え子の修行と恋人との逢瀬をダブルブッキングする。


次の日、顎が痛い、という直接的な理由で学校を
休んだ俺にリボーンは冷めた眼で
「お前らがどこで何しようと勝手だが、出席日数だけは守れよ」と言った。
「う、うん・・」
「それにな・・」
 リボーンはため息をひとつ落とすと
「前言撤回する」
「え?」
「そういうのはへたれって言うんじゃねぇ。
ただのバカップルだ」
「・・!」

 ただいま、というディーノさんの嬉しそうな声が
玄関から響いたのはその時だった。

「ほら、迎えに来たぞ、彼氏が」

 迎えに行かなくては、と思うもリボーンの言葉が
気になって仕方がない。確かに、なんだかんだ、
彼の行動を許してしまう(流されてしまう)俺にも責任があるかもしれない。

――ダメなことはダメって言わなきゃ!

 ボンゴレとキャバッローネのボス同士はバカップル、なんて噂が
流れたら縁起でもない、と思いつつ階段を下りる。

「・・おかえり、ディーノさん」

 玄関を開けると、申し訳そうな顔のディーノさんが
大きな薔薇の花束を抱えて立っていた。

「ディーノさん、これ・・」
「昨日はごめんな・・ツナ」

 ディーノさんに薔薇・・なんて贅沢な組み合わせなんだろう
(道ゆく人の視線を彼は一斉に集めている)なんて思いながら
俺は・・これはきっと、ディーノさんなりの謝罪なんだな、と思った。

「う、ううん・・大丈夫、気にしていないよ。ディーノさん」

 セックスと修行のダブルブッキングをされ、あまつさえ
他の男の一物を咥えさせられて怒っていない、といえば嘘になる・・けれど。

「・・本当に?」
「うん、本当」

 ディーノさんのしょんぼりした表情が俺には辛いのだ。
彼にはいつも笑っていて欲しい。その青い眼に映るのが苦しみや
悲しみであることには耐えられない。
・・それがリボーンにどっちもどっち、と言われる所以かもしれないけれど。

「・・そうか、よかった」

 ディーノさんは花が綻ぶように笑った。
 本当に・・容貌は文句なしの王子様、なのだ。こんな綺麗な人に
微笑まれて苦言を呈したいと思う人間なんていない、と俺は思う。

「うん・・だから入って・・ね?」
「ツナがあんなにフェラ上手いなんて知らなかったからさ」

 ディーノさんの悪びれのない発言に俺の背筋が凍りつく。
彼は照れたように笑って

「だから遠慮して頼めなかったけど、これからは俺の息子、
どんどん可愛がってくれ・・な?」
「・・・ディーノさんの」

――ディーノさんの馬鹿!

 それから、彼は一週間沢田家立ち入り禁止。
 情交中の携帯電話禁止。
修行とデートのダブルブッキング禁止。
 玄関での不用意な発言禁止。

と要は、彼は俺の部屋と俺自身から、締め出しをくらった。
それでも、電話越しの寂しそうな彼の声に、
鬼になる、と決めたはずの俺の心もぐらついた。

――甘やかしたらダメだ・・二人のため、二人の。

 と己に言い聞かせる俺に、リボーンは新聞を眺めながら

「そろそろ諦めた方がいいぞ」
――それが惚れた弱みって奴だからな、と告げた。

 その言葉通り俺が、俺に会えなくて「禁断症状」の出た
ディーノさんを必死になだめることになるのは、それから三日
後のこと。俺の彼氏は、王子様みたいにかっこよくて、
モデルみたいに綺麗だけど、時々、いやかなり頻繁に、



どうしようもない、へたれです(愛)。