こんなはずじゃなかったって思うことは何度もある。
 君の、腕枕で眠るとき。
 逆じゃないって思うけど。
 俺の腕の方が細くて短い、なんて。
 ちょっと理不尽。






腕枕与太話。






    くしゃくしゃだからってそれなりにこだわっては
いるんだよ、髪型。天然パーマって言われているけど。
無造作ヘアって意外と、維持するの大変なんだから。
 そういうと彼は笑って、俺の右頬を思い切り
つねった。突っ込むときはいつも、容赦が無い。

「色気付いてんじゃねぇよ」
「俺だって、見場くらい気にするよ」
「この状況でか?」

 俺は素肌のリボーンを一瞥すると、こらえ
きれなくなってそっぽを向いた。
 十も離れているのに裸が俺よりよっぽど
セクシーだ。反則過ぎる。

「――何にやにやしてる」
「・・・別に」

 愛の確認の後に、愛の言葉は不要だ。
 お互いの胸の内など、充分過ぎる程知っている。
 そうでなければ、同じベッドの上では眠れない。
 俺は正直に答えた。

「想像つかなかったんだよ・・・俺にも」
「何がだ?」
「何・・・って、ほら」

 二人とも素っ裸で、薄ら汗を掻いていて。
 かろうじてシーツをかぶっているけれど布団はくちゃくちゃに
なって足元でころがっている。
 ハルが見たら悲鳴を上げて、獄寺君が見たら卒倒
する状況。雲雀さんなら失笑するかな?
 とはいっても俺達の「仲」は、ファミリー公認だから
見つかったって焦る必要も、隠すつもりも無いのだけれど。
・・・やっぱり「節操」は要ると思う。   

「・・・それで?」
 今さら何を言い出すんだ、とりボーンが面倒くさそうに
鼻をかいた。基本、過去を振り返るのが嫌いな男だ。
 俺も過去はたまにしか振り返らない。基本、そんな時間が無い。

 でも、疑問に思うことは多々ある。

「元々俺は・・何の取り柄もない駄目中学生だっただろ」
「今もな」
「・・・」
 一言多い、と無言で俺はむくれた。
 リボーンは茶々を入れながら話半分で聞いている。いつもの癖だ。
構わず俺は、背を向けたまま話を続けた。

「―-―突然、君が現れてさ。いきなり
俺がマフィアの血を引いてるとか何とか言って・・」
 最初は、全然何を言ってるのか分からなかった。
「理解力の低さはピカイチだったな」
「・・・」

 まともに話を聞いてくれないくせに、突っ込みだけは
的確だ。

「気づいたらエスカレーター式の学校に入ってて・・・
あれ、リボーンの陰謀だろ。高校と大学、受かったの」
「さぁな」
「母さんは喜んでくれたけど・・」
 当時絶望視していた高校や大学に受かったことを、
親が喜んでいただけに、俺は複雑な心境だった。
どこまで奴が根回しをしたのか
――おそらく「全部」じゃないのか。
 俺は出会った時からあいつの血みどろまっしぐらの
エレベーターに乗せられていた気がする。

 卒業式の次の日には、体ごと縛られてスーツケースにくくりつけられて
飛行機に乗せられていた。有無を言わさずだ。
行き先はイタリア。
 ほとんど拉致・誘拐だ。両親が警察を呼ばなかったのが今でも
不思議なくらいだ。
(呼んだとしても警察じゃどうにもならなかったと思うけど)

 俺の中学からの友人はリボーンの厳選した
「優秀な部下」達で占められていたから
(獄寺君とか、雲雀さんとか)皆、迷わず付いてきた。
 のうのうと生きてきた俺は外堀から
埋められていたということになる。

 よい部下を見つけるのも家庭教師の役割だからな、と
リボーンは言ってたけど・・
――絶対、暇だっただけだよな。
 と、俺は思っている。  日本にいる間中も、あちこちのマフィアに、俺とボンゴレの
ことを売り込んでいたらしい。

 そしてイタリアに着いたら着いたで、急に俺が現れたものだから
当然のごとくお家騒動が勃発。何度暗殺されそうになったか
数え切れない(代わりに何人かの影武者が犠牲になった)。



――彼に出会ってからずっと、命がけのジェットコースターに 乗ってきたのだ。

そしてそれは死ぬまで降りられない――デッドコースターでもある。



 俺の繰言を最後まで聞いてリボーンは
「まぁ・・・生き残ったことは奇跡だったな」
 感慨深そうに言った。

「・・・日本に帰るなら、直々に殺してやるって言ってたじゃん」
 振り向いて俺は、口をすぼめた。
 リボーンは表情から笑みを瞬時に消すと
「遠慮するなよ――今だって」
 カチャ、と引き金を下ろす音が響く。
 どうして情事の後でそんな人殺しの眼をするの、君は。
「・・・まだ死にたくないです」
「――いい答えだ」
「・・・」
 言わせているのは、君じゃないか。
「あーあ」

 振り返るのも馬鹿らしくなって、ため息を付く。
 俺の与太話に付き合っていたリボーンがにやりと
笑った。悔しいくらい整った横顔に嫉妬心すら覚える。
――どうして、こうなっちゃったんだろう。
 適当に学校行って、とりあえず就職して、将来は京子ちゃんと
結婚したい・・・なんて、ささやかな夢を抱いて生きていたつもり
だったのに・・・何で――遠く離れた言葉も通じない場所で
毎日命からがら逃げ回って、殺したくない人も殺して、そして――

「空いた時間に俺とセックスしてるかって?
惚れてるからに決まってるだろ。馬鹿ツナ」
「――言ってないよ、そんなこと」
「てめぇの顔に書いてある」
「・・・」

 段々、口論することさえ不毛な気がしてきた。
 そもそも、すべて――不毛なんだ。
 キスもセックスも。俺達じゃ何も生まない。
 でも、離れられない――どうしても。

 リボーンは俺の首の下から腕を引き抜いた。
 程よく筋肉のついた背中がライトに浮かび上がって
つい――ため息がもれる。俺は二十歳超えたって
ひょろひょろのもやしみたいなのに・・・

「――で?何が言いたいんだ、てめーは」
「・・・別に」
「惚れた弱みだろ、結局」
「誰が誰に」
「お前が俺に」
「冗談」
「――俺がお前に」


十年前から、惚れてたよ。


 嘘だ、と俺は言った。そう思おうとした。
 でも、結局嬉しくて笑ってしまった。
 悔しい、なぁ・・・。
 胸の奥の、言葉にできない思いさえ見抜かれてる。
 俺さえも、気づかない願いさえ。

 君のそばにいたら、もう誰の隣にも
 いられないじゃないか。

 さてと、と彼は黒い眼を細めて俺を見下ろした。
 何か、よからぬことを考えている表情だ。

「――話を聞いてやった礼だ。ご奉仕してもらおうか」
「無理」
「来週のオフ、空けて置いたんだけどな。
五つ星のリストランテ」
「ご奉仕します」
「最初からそう言え、馬鹿ツナ」

 額を人差し指で弾かれ、唇を塞がれる。
 ショートケーキにコーヒーを飲んでるような、
君の厳しさと甘さ。


 やっぱり俺は――
 君にだけは、どうしても。


 さっき息を止めて見詰めた背中に腕を回す。
 爪あとを残したい衝動に駆られながら、引き寄せた。

「・・一回だけだからね。今日俺、午後会議だから」
「任せりゃいいだろ、右腕に」
「家庭教師の台詞?それ」
「成長したな・・馬鹿弟子の割りに」

 憎まれ口に蓋をして、朝日の零れるカーテンを閉じる。

 昼までに――もう一戦。

 ベッドを下りたら右手に銃を、左手に憐憫を持ち替え。

 けだるい俺達を殺し合いが待っている。