主の代わりに机の上に鎮座する拳銃が、
今ここに彼がいないことを物語っている。

「一生いてくれたって・・よかったのに」

 リボーンの馬鹿・・と生まれて初めて俺は悪態をついた。
黒光りする短銃を手に取って眺める。グリップもリボルバーも、
装填する銃弾も彼仕様の特注品だ。十年使い込んだ愛器を手放すのは
一体どんな気分なのだろう。十年世話を焼いた愛弟子に卒業を言い渡す
のとどちらが、離れがたいものなのだろうか。後者はむしろ、お役ご免で
清々したと肩の荷を下ろしているかもしれない。

俺は息を吐き拳銃を机の上に戻した。悔いたところで時間を巻き戻す
術も無い。昨日、就任式を終えた夜、俺は正式に彼に解雇を言い渡した。
別離を切り出したのは俺の方だった。

 一生ボンゴレにいたいと、そう誓ってくれたら――
俺は半ば捨て身で、一縷の望みを抱いていた。それは甘さでもあり、
俺が彼に仕掛けることが出来る最後の我儘だった。


 俺を選んで、欲しかった。


 彼は淡々と書類にサインをし、この部屋を出て行った。
濃い闇が去ったような執務室に、何かが崩れる音と、すすり泣く声が響いた。
動けなくなるほど泣いたのは、ここに来て初めてだった。

 これからどうするの、と尋ねた時彼は片眉を上げて
「さぁな」と得意げに笑った。俺を煙に巻くいつもの表情だ。

「せっかくだからゆっくり休暇でも取るさ」
「・・うん」
「――なんだ、元気ないな」
「別に」

 今すぐ時間を巻き戻したい。別れを切り出す、直前に。

「・・俺に、行って欲しくないんだろ」
「違うよ」
「――なら何故、泣いてる」
「泣いてない」

 ったく、とリボーンは帽子を取って、ふやけた俺の頬にキスをした。
ぐずる駄々っ子をなだめる様な仕草だった。

「――だからお前は、十年経っても馬鹿なんだよ」

 ダメツナ、と念押しされた一言が、彼と交わした最後の言葉になった。
 拳銃を置いた瞬間、執務室のドアが跳ねるように開いた。
息を上げて入ってきたのは昨日正式に認定されたばかりの俺の右腕だった。

「ご報告があります、十代目。あれ?・・リボーンさんは」
「――まず、君の報告を聞こうか?」

 驚いた表情の彼の瞳に、雲ひとつない青空が映る。
その先は澄み渡るような海、真珠色の砂浜が広がる闇の無い街。
望むものなど何一つ無い満ち足りた世界で俺は一人、新しい戦いの幕を開ける。




from「楽園」