午後六時は俺にとって頭の痛くなる時間だ。
 ・・何故って?
 大好きな、あの人が帰ってくるから。




ED




 ダイニングの鳩時計が景気良く六回鳴いた途端、
大きなため息が呼応するように響いた。
 その主は勿論、この物語の主人公、ツナである。

「なんだ・・心配事でもあるのか?」
「う、うん・・少し」
 自分の隣でミルクをあおっていた家庭教師に尋ねられ、
ツナは曖昧に頷いた。困っていると言えばそうだし、
期待していないとなれば嘘になる。

「恋心って奴は複雑だな」
「ちょっ、何言うんだよ・・リボーン!」
 図星を突かれ、彼は真っ赤になって赤ん坊に抗議した。
言わなくても皆まで伝わってしまうのはヒットマンとしての
心術の賜物――とリボーンは豪語するが、相手がツナなら心を
読むまでもない。その、どこかぼんやりとした横顔が赤らみ、
眼差しは明らかに彼の恋人を待っている。
ツナと同じくマフィアのボス、ディーノのことだ。

「あいつが帰ってくる時間だろ?何か問題でもあるのか?」
「べ、別に問題ってわけじゃないよ・・ただ」
「――ただ?」
「・・な、何でもないよ。リボーンには関係ない」
 無意識に腰を擦るツナの手つきに直感したリボーンは口の端を上げて
「あいつがしつこいのか?」
「・・なっ・・!」

 さらりと、言葉の爆弾を落とした。
 その台詞の意味を把握し、瞬時に真っ赤になるツナとは
対照的に、リボーンは悠々とコップにミルクを注いでいる。
風呂上りは成分無調整の「並盛牧場絞り」が一番美味しい。

 ディーノとの逢瀬に間違いなく付いてくるもの――それは
濃厚かつ、重厚な性行為、である。日付が変わるまで絶え間なく
続くそれを受け入れていると、ほぼ10割の確率でツナの腰が抜ける。
ツナがベッドの上で寝返りできなくなって初めて、ディーノは
――やりすぎた、と気づくのである。それはツナにとっては勿論遅い。
遅すぎるからこそ、ツナの気持ちは重くなるばかりなのだ
――ディーノの事は愛している、勿論セックスだって嫌いじゃない
・・限度の範囲内なら、だ。毎夜、ベッドの上で組み敷かれ、
上も下も飲み干せないくらい注がれれば、さすがのツナも参ってしまう。
若いからといって底が無いわけではない。

――俺・・ディーノさんのこと・・好きだけど・・。
「激しいのは、嫌なわけだな」
「っ・・ちょっ・・!心読むなよ・・!」
 リボーン、とたしなめるように告げるツナに、
「お前の顔に書いてあるぜ?」
 教え子の苦情など耳に入らない様子の家庭教師が、
懐から小さな、紫色の小瓶を取り出す。見たところ、
絞りたてのワインのような色合いだった。

「な・・何、これ」
「ディーノに飲ませろ。・・少なくとも、今晩は安泰だ」

 テーブルの上に置かれた小瓶をまじまじと眺める。
リボーンが差し出すものだ、何も無いはずはない。
警戒しなかなか手を伸ばさないツナに彼は

「ボンゴレ特製去勢薬・通称EDだ」

 またしても爆弾のような台詞を投下し、
その後すぐ、ツナの叫び声が続いた。


「ただいま〜」

 タイミングとしてはこの上ないよい条件で、
ディーノが帰ってきた。最近のディーノはイタリアで
仕事をこなし、その足で専用のチャーター機に乗り込み、
ミラノと並盛間の遠距離恋愛を難なく続けている。
愛と執着のなせる技である。

「お、美味そうなジュースだな」

 ダイニングに上がりこんだディーノは、
喉が渇いていたのだろう。リボーンの目の前から
小瓶をひったくると、その栓を開き、一口嚥下した。

「だ、駄目です・・ディーノさん・・!」
「わっ・・まず・・なんだこれ」

 ツナの叫びも空しく、彼の手の小瓶の液体は
三分の一ほどになっている。
 中身を確かめもせず口をつけたディーノに
リボーンは「まだまだだな」と言い

「それはボンゴレ特製の去勢薬だ、ディーノ。
一晩は不能だぞ」
「・・・!」
「え・・ええっ!」

 呆然とするツナに、いまいち状況が飲み込めないディーノ、
してやったりと笑みを浮かべるリボーン。表情は三者三様に。
思いは共通していた。

 少なくとも、今晩ディーノは、ツナの腰を抜かすような事は
出来ないのだ、と。  




「本当に・・すみません・・ディーノさん・・」


 二人っきりになってまず、頭を下げたのはツナだった。
中身が彼を不能にする薬と知っていながら、止めることが
出来なかったのだ――あの時テーブルから小瓶を
引っ手繰っていれば・・と思うと悔やむに悔やみきれない。


 謝りすぎて溶けてしまいそうなツナにディーノは笑みを零すと
「いーってことよ」とその髪を優しく梳いた。元々、行為は
激しいが気性の優しい男(ただしツナ限定)なのだ。
たかだか一晩不能になったくらいで傷つく自負でもない。

「それに・・ツナが謝る必要・・ねーだろ?」
「・・だって」
 上目遣いで自分を見上げる茶色の瞳に、ディーノは
液をごくん、と嚥下した。
 薬さえ飲まなければとっくに臨戦態勢になっている
はずの下半身が、強力な麻酔銃を撃たれた猛獣のように
大人しい。だからこそ、まだ押し倒さずにいられる
――ディーノは初めて今日「我慢」を知った。貴重な体験でもあった。

「・・ごめんな、ツナ・・したかった?」
「・・っ」
 申し訳そうな青い眼が細くなると、ツナの心臓が
音を立てて軋んだ。いつもは、世間話をする間もなく
押し倒され、身包みを剥がされ、情欲のままに愛される。
それは嫌じゃない、むしろ・・この人が俺を望んでいると
かって、それが身体に刻まれて嬉しい・・そう、感じる
時間が欲しいだけなのだ。やれイった、やれ舐めたい
では・・幸せを感じる間もなく天国に行ってしまう。

――どうしよう・・俺・・。

 こんな、ディーノさんがどう頑張ったって
「出来ない」日に、ディーノさんが欲しい。
 優しくて余裕のある彼になら何をされても構わないのだ
――ツナは初めて「生殺し」を知った。自分だけ準備の出来た
閨で、恋人を一晩待ち続けるなんて、苦痛以外の何ものでもない。


「・・っ・・欲しい・・です、ディーノさん・・」
 正直に本心が出た。ぽろぽろと涙を零すツナに、ディーノは笑って
「大丈夫だよ、ツナ」
 赤みを帯びた少年の頬をぺろりと舌ですくった。海の味がする。

「・・え・・でも・・ディーノさんは・・」
「こんな時もあるだろうと思ってな」

 悄然としたツナと対照的に、ディーノは瞳を爛々と
輝かせ、鞄からある物を取り出した。
 重厚な黒い箱と、その中の赤い袋から出てきた物体は

「準備しといてよかったぜ、・・これ」
「・・・!」

 ツナの腰を抜かすには充分な長さと、太さを兼ね備えていた。
「ちょっ、待ってくださ・・ディーノさ・・!」
 手にした大人の玩具の形を確かめると、ディーノは
ぺろりとその先端を舐め抵抗を始めたツナの肩をとん、
と押した。背中にあたる柔らかい感触は勿論ベッドだった。

「・・んぁ・・駄目・・です・・って、ば」
 シャツのボタンを外される生々しい音に、ツナは別の恐怖で
涙目になった。確かに自分は「欲しい」と言った。けれど
あんな禍々しい、恐ろしい形の凶器を望んだつもりは一片
足りとて無い。あれを入れられるのだ――と思うと、
総毛たつ背中は明らかに恐怖を訴えている。

「・・大丈夫・・ちゃんと、気持ちよくするよ」
「・・ぁ・・ッ」
 器用に片手でベルトを外し、ジッパーの降りる音、
取り出されるペニス。あまりにも流れるような無駄のない
動きにツナは、真っ赤になった。まるで、こうされることを
望むように腰が踊ってしまう。もっと、彼のごつごつした手で
性器をいじって欲しいと、その先端を手の中に押し付けて
しまうのだ――これでは、まるで。

「・・もう硬くなってる・・一度、イく?」
「・・ふ・・ぅん・・ッ・・やぁ、んぁ――」

 涙を浮かべて腰を振るツナに、ディーノは「分かった」
とその額に口付けた。返答が出ないならお望みのまま。
彼がして欲しいことはその腰の揺れで分かる。

「――全部飲んでやるから、な」
「・・やあ、ぁぁ・・!ディーノさ・・・!」
 根元までディーノの口腔に包まれたツナの性器は
歓喜に震え、その舌の淫らな誘導にあえなく達した。

「・・ふっ・・はぁ・・ん、ぁ・・」
「――すっげ・・ツナの・・まだ、出てる」
「いじっちゃ・・やだ」
 白い液体の滴る性器の先端を何度も拭うと、ディーノは
粘性に半ば感動を覚えたように「・・若いな、ツナ」と言った。

「もう、勃ってるし」
「やっ・・触らないで・・っ」
「何度でもイけるって感じ、ここも固いな・・」
 性器の下、小さく並んだ睾丸を確かめるように
握ると、ツナの身体は悲鳴と共に跳ねた。
 刺激がすべて、ダイレクトに射精を促すらしい。

「ん・・ごめん、こっちがまだだったな」
「やだ・・ぁ」

 既に抵抗の色の残さない甘い声にディーノは気を良くした
のか、一度顔を挙げ、ツナの柔らかい唇を何度も形を変えて
貪った。射精してしまうと、ツナの羞恥心は確実に減る。
それをそぎ落とし、いやらしい望みを叶えるのが
ディーノの楽しみの一つだった。

「・・ここに・・ほら、入れてやるから」
「・・あ、ぁ・・ッ・・ん、く・・ぅ・・」
 ぐりぐりと、後方を指で犯すと、それだけでも十分
気持ちいいのだろう。小ぶりな性器が立ち上がりずんずんと勢いをます。
後だけで射精できるように彼を「変えた」のは勿論ディーノだ。
巷ではそれを「調教」と呼ぶ。

「や、ぁ・・くる・・だめ・・でちゃう・・ディーノさ・・!」 

 下腹部を震わせて射精したツナに、もはや身体を起こす余力はない。
舌と指で執拗に愛撫された性器はもっと、とばかりに形を変え、
新たな刺激を待っている。どうしてこんな身体になってしまったのか
――ツナが自己嫌悪に陥らないのは一重に、ディーノを
愛しているからである。

「・・ここに欲しい、ツナ?」
「っ・・ぁ、ほしい・・ディーノさんのおちんちん・・欲しいよう・・」
 もはや薬のことなんて記憶の片隅にすら存在していない
ツナは、昨日このベッドで腰を振ってお願いしたように
ディーノに懇願した。彼の太く熱いペニスが自分の内壁を
擦るたび、愛されている、と実感する――将来のボンゴレ
十代目は若干マゾヒステリックな性癖があった。

 その彼が、笑顔の裏側にサディスティックな欲望を持つ
ディーノに恋をしたのだ。二人は鍵と鍵穴のようにはまり
んだ――その気持ちよさに互いを、手放せなくなった。
「・・あ・・もう・・お願い、ディーノさ・・!」
 彼の望みとは裏腹に、ツナの後方に押し当てられたのは
――先ほどディーノが持ち出した、太くて固い玩具だった。
勃起した男性器を忠実に模したそれは、立ち上がりの角度から
くびれ、先端の膨らみまでいやらしいほど「そっくり」であった。
ただそれが本物と異なる点といえば息づく脈の赤さと、火傷
しそうなほどの熱さだろうか。日々ディーノのそれを受け
入れているツナでさえも、先端が入り口に触れた途端腰が泳いだ。
今日彼は、天と地がひっくり返ったって――「出来ない」

 なぜなら、リボーンがボンゴレ科学技術の粋を集めた
(そんなところに最先端の技術を応用しなくても、と
ツナは心底思った)去勢薬を小瓶の半分以上、飲んでしまったのだから。
その証拠にディーノはシャツどころかネクタイもはずさず
(いつもぽいぽいと衣類を投げ捨て、自分から全裸になる)
ズボンのチャックさえ下ろさないまま自分を抱き続けているのだ。
彼の体には何の変化も起こっていないのだろう。
その心がいくら、ツナを貫きたいと願ったとしても。

「・・いやっ・・や、・・出来ない・・やだ、ディーノさん」
「・・ツナ」

 こんなの出来ない、と首を振るツナを宥めながら、
ディーノの手はしっかりとそれを彼の後方に押し込んでいた。
無理矢理にでも、入れられないことはないだろう、と彼は思ったのだ。
普段、膨張した男のそれを飲み込むツナの後方なら、
少々無理をしてもすぐによがり出すだろう――と。
清らかな少年の痴態はディーノの眼を楽しませた。
今日は自分が勃たない分、ツナをこれで悦ばせようと
意気込んでいたディーノだったが・・

「やだ・・ディーノさんの・・ばかぁ・・」

 腕の中にいるツナが本気で泣き出してしまい、
ディーノの手が止まった。その硬質な玩具は半分ほど、
ツナの身体に納まっている。指とは比べ物にならない太さのそれを
飲み込む身体の柔らかさに、ディーノは苦笑した。痛い痛い
と散々泣かれながら、それでも根気よくほぐし、自分を求
めるようになるよう仕向けた体。その華奢な腰が踊るたび、
自分のもので彼を喜ばしたい――そんな欲求が湧き上がり、
役立たない下半身に集結する。それだけ、玩具を後方に含んだ
ままのツナの痴態は扇情的だった。思わず、バイブの振動
スイッチを押しそうになったほどだ。

「――これじゃダメ?」
「ん・・くぅ・・ん、ふっ」
 ぐりぐりと玩具を押し付けるディーノにツナは何度も首を振った。
――痛い・・ってわけじゃねぇよな、この反応は。

 玩具の侵入を受け入れようとする彼の内壁の動きを
確かめると、ディーノは生唾を飲み込んだ。
――理性がぶっとびそうになったのは・・初めてかも。

 すぐにでも玩具を引き抜いて、準備の出来た己の
息子を突き立てたい衝動。
 勃起しないからこそ身体の中で持て余す熱に、
ディーノは苦笑した。
――我慢比べは・・俺の負けだな。

 心の奥で白旗を上げながら、ディーノはツナを
犯していた玩具を持ち、それを股の間から引き抜いた。

「っ・・あ・・ディーノ・・さん?」
「こんなオモチャじゃ駄目ってこと?」
「・・ん・・ディーノさんが・・い、い・・」
 です・・と続けるより早くディーノはツナの唇を塞ぎ、
その舌を吸った。痺れて動けなくなるまで。この柔らかい
唇が呼ぶのがずっと、自分の名前だけであるように。

「――じゃあ、ツナにお願い・・してもいい?」
 キスを終えたディーノの眼にやどる光。それがいつも
より妖しく、抑えきれない欲動に満ちていたことに
――彼の恋人は気づいていたのだろうか。

「なに・・を・・ですか・・?」
 深いキスで酸欠状態のツナの鼓膜に響く、聞きなれた音。
 ディーノが、ヴィンテージジーンズのチャックを下ろす音。
 そして彼が、服の下から取り出すのは――

「ツナが――してくれたら、大きくなるかも、しれない」
「・・・っ」
 今だ形を変えないそれを目の当たりにすると、
臨戦態勢になった時とのサイズの違いに戸惑いを覚える。
普段これくらいの太さなら、痔になるかも・・なんて
余計な心配をしなくて済むのに、と。

「・・俺も感じたいんだ・・ツナ」
 自分のせいだ、とツナは思った。彼がしたくったって
出来ない、のも。こんな辛い表情をさせてしまうのも。
ここで万一彼が「復活」すれば、明日腰痛で起き上がれないのは
自分――そんなことさえ、記憶から消してしまえるほど。
彼の微笑みは切なかったし、自分の身体も彼を求めて熱を
持て余していた。要は、惚れた弱み。どんなに理不尽でも、
後からひどい目に遭うとしても。彼を喜ばせたい、逆らいたくない・・。

 意を決してまだ、小さいままのそれに唇を当てる。
キスをしてから次は舌で、なぞるようにゆっくりと舐めあげ、
先端を吸い上げる。ディーノの「う・・」という押し殺した声が
セクシャルで、ツナの性感を刺激した。

 自分の眼前に降り注いだものが、シャワーなのか、
彼の中で生成された白く酸味のある液体であるのか。
ツナには判別できなかった。







 次の日、寝ぼけた顔でダイニングに現れたのはディーノだった。
「・・もう十時だぞ?」
 経済新聞を読んでいたリボーンはそれを畳むと
「ツナはどうした?」
「寝てる」
「・・・」
「そんな顔するなよ、リボーン。薬はちゃんと効いたぞ」
――じゃあ何故ツナは起きてこない?
それとも、起きられない事情でもあるのか?
 リボーンの眼は詮索を孕んでいたが今日は日曜日。
映画を見て夜更かししていたかもしれない。
彼が寝込む理由が情事にあるとは言い切れないが・・。
「たしか、ボンゴレ科学技術局の臨床実験には、お前も参加してたよな・・?」
 リボーンはふと、大切なことを思い出した。
以前ボンゴレで修行していたディーノは短期間だが、
科学技術局に属していたことがある。
「もしあの薬の実験に参加していたらお前・・耐性が出来てるんじゃねーのか?」

 もし、ディーノが以前、「ED」の試作品を服用していたの
だとしたら、その免疫は間違いなく彼の体に残っているだろう
――「ED」は増え続けるマフィアの隠し子を減少させる
目的でつくられた薬――だからこそ、その「逆」も存在する。

「・・ツナには言うなよ?」
「何故?」
「――新鮮だったから」

 背を向けたディーノの言葉に、底知れぬ冷たさを感じ、
リボーンは深入りを避けた。ヒットマンとしての勘だ。
実を暴いても、ツナは間違いなく信じないだろう。
効かない薬を飲み、不能と偽り――普段出来ないようなことを
己に強いた、なんて。 ――ディーノさんがそんなことするはずないです!
 って・・いうんだろうな、あの馬鹿は――想像の先に
苦笑いし、リボーンは「ほどほどにしとけよ」と言った。


 あと二時間は、ツナは起きてこないだろうと、彼は思った。