伸びた髪が朝日に光る様を見ていると、天使かマリア様が舞い降りたようだとどこかの馬鹿が言っていた。その時は腐ったことを言うなとたしなめたが、現実を目の当たりにするとその比喩があながち誇大表現でもなかったことを思い知らされる。

――ああ、俺の目も、腐ったか。

「どうしたの?リボーン」

 引き金を戻してボスが微笑む。ついさっきまで天使のような顔をしていた男は、その眉の形さえ変えず裏切り者をすべて、撃ち殺した。指の動きにも、伸ばした腕のしなやかさにも、何のためらいも無かった。そうさせた自分に、怖気が走った。俺は――

「・・あんまり、抵抗しなかったね」
「残念か」
「ううん。俺、人を殺すのが好きなわけじゃないよ」

 そうだな、と念を押す。なぜほっとしているのか俺には、分からない。分かりたくもない。


――こいつの家庭「教師」を引き受けたのは、俺じゃないか。


何も知らない純朴な少年だと聞いて日本に飛んだ。才が無いならいっそ消してやろうかと思ったが、結局俺は懐に用意した銃を持つことが出来なかった。撃つことは出来ただろう(実際死ぬ気弾を何発も奴に打ち込んだのだから)。だが殺すことは出来なかった。

こいつの行き先を見て、そして死にたいと、思ったから。

「ボンゴレを裏切ったんだから、もう少し盛大にあがいてくれると思ってたんだよ」

 この下ろし立ての銃を試すには、駒が足らなかったな。
 ボスは残念そうにつぶやいて、そんなことなど塵程にも止めない表情で「午後の予定は何だっけ」と尋ねた。政府関係者との昼食、と答えると、さして興味もなさそうに頷く。人を殺している表情の方がよっぽど楽しそうだ。

「じゃあ、始末お願いね」

 まるでそれが店先から出た生ゴミのような物言いで迎えにきたベンツに乗り込む。
俺は頭を下げた。通り過ぎた淡い香水の匂いに眩暈が、その影が踏む血の濃さに汗が滴る。


――申し分のない、ボスじゃねーか。


そう思う自分が、後悔していない事に背中が総毛立った。


 それは自分の望みであり、前任者の悲願であったはず。
 彼は、初代ボンゴレの再来と噂される男。 


 その声に誰もが頭を下げ、その足元に誰もがひれ伏す。 
やがてすべてがその手中に収まるだろう。

 小さく柔らかく温かい手のひらに。

 帰るといつも俺を抱きしめてくれるその腕に。

こいつの行き着く先が俺の、死に場所だ。

そこがどんな地獄に似ていても俺は、耄碌した部下の例えを忘れないだろう。




俺は・・
とんでもない化け物を育ててしまったのかもしれない。









(人の皮をかぶったばけものを愛する)